064 -Ritsu-
律はひどい悪夢を見ている気分だった。彼女と参拝デートをしていたら、唐突に姉の蓮が現れた。
「まさかついてきたの?」
「そんなストーカーみたいなことはしません。私もたまたま参拝に来ただけです」
蓮が律に近づいてくるので、律は蒼乃の腕にしっかりとしがみついた。
「蒼乃ちゃん。明けましておめでとうございます」
「……明けましておめでとうございます」
蒼乃が挨拶を返し、流れる沈黙。律は早くどっか行ってくれないかなと願うが、蓮は動く気がなさそうだった。
「お姉ちゃん、厄年とかじゃなかった? お祓いしてもらってきなよ。うん、それがいい」
年末年始に祓えなかったその煩悩も祓ってもらえばいい。
「後厄だからいいの」
「あっそ。私たちこれからお昼食べに行くからまたね」
律が蒼乃を引いて出口の方へ歩き進めると、蓮も同じ方向に歩き始めたので、もう一度立ち止まる。
「帰るならお先にどうぞ」
「私もお昼に行くから」
「先にどうぞどうぞ」
「どこに食べに行くか決めてないから、りっちゃんたちが先に行って。まぁもしかしたら、同じお店になっちゃうかもしれないけどね」
正気じゃない。今年初めての蒼乃とのデートなのだ。こんなお邪魔虫にストーカーされたくない。
「蒼ちゃん、どうしよ……」
「お姉さんのことは貴方の方が詳しいでしょ」
律は頭を抱えたかったが、蒼乃から手を離した瞬間に手を奪われそうだったので、蒼乃にしがみついたまま考える。
「蒼ちゃんにご用があるなら今どうぞ」
「別に用はないけど」
「お引き取りください」
律は決心した。
「蒼ちゃん、走ろ」
蒼乃の手を引いて、人混みの方へ戻る。迷惑なやつだがこの手しかない。蒼乃は律よりも走るのが速いし、撒こう。
しっかりと蒼乃の手を掴みながら、神社を抜ける。都合のいいことにちょうど信号が点滅したので、走って渡った。……本当は点滅してから渡ってはいけないので、良い子は真似しないでほしい。
「蒼ちゃん、まだ走れる?」
「全然余裕」
もう一月だというのに、師走の忙しさだ。正月に女子高生二人が全力疾走をしている。テレビの企画でも見ない。
「律はお昼に何食べたい?」
律よりも脚力と体力に優れる蒼乃は余裕そうだった。
「え、なにかな」
おそらくもう蓮は追ってこないと思っても、後ろが気になる。振り返ってすぐそこにいたらどうしたものか。
「蒼ちゃんは何食べたいの?」
「そうね。食べたいと言うより……律と二人きりになりたい」
◆ ◆ ◆
女子高生が外で二人きりになれる場所なんて、法律の範囲内であればカラオケくらいしかない。だから全力疾走してきた結果、カラオケに来た。
「食べたいもの注文しておいて」
蒼乃はそう言って二人分のドリンクバーを取りに行った。律は切らした息を整えながら、フードメニューを覗く。体育祭の打ち上げの時に来たカラオケとは別系列のお店だったが、ハンバーグはない。カツカレーがあるなら、ハンバーグがあってもいいのにと思う。
とりあえず二人で食べられそうなものをいくつか注文する。
注文を終えたところでドアがノックされた。グラスを両手に持った蒼乃だった。開けて迎え入れる。
「律はメロンソーダでよかったんでしょう」
「うん。ありがと、蒼ちゃん」
乾いた喉にメロンソーダを流し込む。美味しい。
「注文はした?」
「したよ」
「そう。来るまで何か歌う?」
絶対歌うつもりで来てない人が聞いてくる。
「蒼ちゃんが歌うなら私も歌うけど……」
「ならマイクはいらないわね。頼んだものが全部届いたら教えてちょうだい」
蒼乃は着たままだったコートを脱ぐ。律も脱ぐことを忘れていたので、ダウンジャケットを脱いだ。それからメロンソーダを飲み過ぎたので追加に向かう。
ドリンクバーにはアイスバーもあった。あとで取りに来よう。
「ただいま」
律が戻ってもまだ食事はきていない。なので、蒼乃の隣に座っても何もなかった。
「ごめんね。正月から散々な目に遭わせちゃって」
大学生になったらちゃんと家を出ようと決めた。蓮が近くにいるのはかなり不便だ。
「来年は別の神社に行きましょうね」
「そうだね……」
一息つくためにも律はスマホを開いたが、おびただしい数の着信履歴とメッセージが入っていたので閉じた。裏返しにしてテーブルに置いた。
「さっき走って思い出したけどさ、新学期始まったらマラソンだよね」
二月にマラソン大会がある。わざわざ市営の運動公園を貸し切ってまで行われる。マラソンに練習なんていらないだろうに、体育の授業が長距離走になる。
「律、一緒に走りましょうね」
女子あるあるである。蒼乃に限って裏切ることはしないだろうが。
「蒼ちゃんの方が速いのにいいの?」
「タイムにこだわりとかないもの」
和気あいあいとしていると、またドアがノックされた。律も蒼乃も部屋の中にいるので、スタッフだ。制服姿のお姉さんがお盆に乗せてポテトやらたこ焼きやらを持ってきてくれた。
「これで全部?」
「えーっと……全部のはず。……冷める前に先に食べてもいいですか?」
「そうね。先に食べましょう」
なにが、先に、なんだ。歌わないくせに。
「そうだ」
思い出したように蒼乃がポテトを手に取った。端を摘んで律の口に入れる。そして、反対の端を蒼乃が咥えた。
ポッキーゲームさえやったことがないのに、ハードルの高いものを要求してきた。
律が後ろに下がろうとすると、しっかりと後頭部を押さえられてしまった。
「蒼ちゃん!」
思わず口を開けてポテトを離してしまう。残ったポテトは蒼乃が残念そうに食べた。
「律の負けね」
「……負けるとなにか、あるんですか」
食事が冷めそうな流れを感じていたので、律は急いでたこ焼きを口に入れた。
「負けたら自分の良いところを一つ言うとかどう?」
「そうゆう系か……」
明らかに律の方が不得手なものだった。
「はい。律の良いところを一つ言ってください」
律はひとまず今日のことを振り返ってみる。元同級生に会って。それで。姉に遭って。
「モテるところ?」
悪いところではないだろうと思って、口に出したが……不正解だったようだ。蒼乃の目が冷たくなる。
「全然良くないんですけれど。あちこちから恋人が狙われてるのに安心する女がいると思う?」
「しーちゃんは過去の話だし、お姉ちゃんはノーカンだと思うんですよ」
「……もう律を監禁したい」
なんてことを言うのか。
「はい、次。二本目」
蒼乃がポテトを摘んで、有無を言わせずに律の口に挟ませる。器用に反対側から蒼乃が迫ってくる。もうじっとしているしかなかった。
蒼乃から離す気もなく、律が動く気がなければ、自然と二人の唇は重なった。塩気がすごい。
「ポテト食べながらだとキスしづらいわ」
「でしょうね……」
三本目のポテトから、蒼乃は普通に食べ始めた。魔の手がいつ迫りくるか分からないので、律は食事に集中する。
「史緒里さん、絶対まだ律のことを好きだったわよ」
ミックスピザを齧りながら、蒼乃が言う。
「一年以上前に振ってるのに?」
「一応確認したいのだけれど、ちゃんと振ってる? 思わせぶりな態度してない?」
「普通に話すくらいの態度でいたけど、ちゃんと付き合えないとは言ったよ」
蒼乃はため息をついて、残りのピザを口に入れた。
律もピザを口にする。なんとなく律からは発言しづらい空気が流れていた。
「律」
「なんでしょう」
気づかないうちにまたなにかしてしまっただろうか。律は少し怯える声で話を促した。
「愛してるゲームって知ってる?」
「や、え? うん、……知ってるけど」
「それなら話は早いわ。やりましょう」
「二人で?」
「他に誰もいないじゃない。店員さんを呼んでやるの?」
「呼ばない呼ばない」
そんな迷惑行為をしたら出禁になる。律の意見は聞かずに、蒼乃がゲームを始めてしまう。「愛してる」と澄んだ顔で言い切った。面と向かって言われると、それだけで照れてしまいそうになる。
「あっ、愛してる……」
視線を流しながら律も言い切り、一ターン目は終わった。
「律」
蒼乃は靴を脱ぐとソファの上に足を乗せ、律に近づいてくる。律の手を握ってから「愛してる」と言った。律は呼吸を深くして、表情筋を保つことに成功した。
「蒼ちゃん、愛してるっ!」
近くに蒼乃がいたので、今度は目を瞑って言った。そろそろ手がなくなってきた。二ターン目終了。律の不正に蒼乃は不服そうだった。
蒼乃は律の手を離し、そのまま腕を律の首に巻きつけて、それから耳元で言った。
「律、愛してる」
漫画なら効果音でぽんっ! と背景に描かれたであろう。一瞬で律の顔が真っ赤に茹で上がった。
「はい、律の負け」
蒼乃はいったん耳元から退散してくれたが、目の前にいることに違いはない。
「分かったよ……良いところを言えばいいんでしょ……」
「いいえ。今度の罰ゲームは」
ふらふらと逃げる律の顔を蒼乃が両手で掴んだ。そこに顔を寄せられる。十五センチ定規が入るか入らないかの距離。
「この状態で、愛してるってまた言って?」
耳が熱くなる。蒼乃の指が耳に触れているので、体温が上がっていることはバレバレだった。
律の目が泳ぐ。なにを見たらいいのか分からなくて、壁を見たり、折れたポテトを見たり、蒼乃の太腿を見たりして、紆余曲折した結果、やっと蒼乃の顔を見た。
黙っていてものぼせてしまいそうだった。
「あ、ぁ、……愛してる……」
顔から火を吹くかと思って、両手で顔を覆おうとしたが叶わなかった。蒼乃の唇を当てられていた。
それから何度も足元を蹴られる。靴を脱げという意味だと察して、不格好にスニーカーを脱いだ。脱ぎやすい靴でよかった。
靴を脱いだら、キスをしたまま硬いソファに押し倒される。
「ちょ、蒼ちゃん……!?」
「大丈夫。カラオケで怒られるようなことまではしないから」
易易と口内への侵入を許してしまった。もうポテトを食べるどころの話ではない。
「律。私、本当に、貴方のこと愛してるから」
「知っ、」
律のことを気遣う余裕はないらしかった。何度も何度も、何分も、唇を求められる。
「愛してる。絶対に、他の人に渡したりなんか、しないわ」
律が「私は蒼ちゃんのものだよ」と言いたくても言葉にできない。もう行動で示すしかなかった。
◆ ◆ ◆
蒼乃が満足したところで、冷めてしまった食事を律が片付けている。
「カラオケでキスすると、続きができなくてすごく辛い……」
知ったこっちゃない。律はもぐもぐとポテトを噛みしめる。
「ホテルに行きたい……」
こうも気持ちを包み隠さないのもいかがなものかと律は思う。……求められるのは悪い気がしないけど。
しかし、まぁ、高校生というのは不便なものである。各種割引があるのは嬉しいが、この手の話題、周りはどのように対処しているのだろうか。……聞ける相手はいなかった。
「律のことを愛するなら半日だっていける」
「私の身が保ちませんが……」
いじけた蒼乃がもたれかかってくる。
「律と致す夢を見たい」
「煩悩にまみれた初夢じゃん……」
「でもね、私結構、律の夢見るわよ」
まともな夢だといいなと思いつつ、「どんな?」と内容を聞いてみる。
「ソフトなのとハードなの、どっちを聞きたい?」
試しにハードなものを聞いてみたら、地上波NGみたいな内容だったので割愛する。
「律は私の夢見ないの?」
「うーん。夢自体見てもすぐ忘れちゃう」
「律らしい」
らしいって、バカにされているのかもしれない。
「今日は帰りたくない」
「いつもでしょ。それに今夜はお寿司が待ってるんじゃないの」
「お寿司よりも律がいいー」
蒼乃が駄々をこねるが、無慈悲にも終了の時間は迫ってくる。部屋の電話が鳴って、延長をしないで部屋を出た。
律も本当はもっと一緒にいたかったが、また数日後に会えるのを糧にして、電車に乗った。わずか一駅でお別れだった。




