062 -Aono-
待ち合わせは律の最寄り駅の一つ隣の駅。主要となるターミナル駅だが、蒼乃にはあまり縁のない場所だった。
「蒼ちゃん! 明けましておめでとう!」
蒼乃をみつけるなり、律は器用に人混みの中を走ってきて、蒼乃に抱きついた。
「明けましておめでとう、律。今年も変わらず可愛い」
二人とも私服だが、律はいつも通り可愛かった。迷子にならないように、しっかりとその手を握る。
今日は大神宮までお参りに行き、少し遅いお昼を律と食べることになっている。ひとまず、大神宮まで歩き始めた。
「お姉さんは? ついてこなかったの?」
「昨日冷たくしたからかなにも言ってこなかったよ」
「冷たくって?」
「聞いてよ。今度は私と蒼ちゃんの電話を廊下で盗み聞きしてたんだよ。ありえなくない?」
正直、ストーカー気質の蒼乃も引いた。でも、隣で律が誰かと電話を始めたとしたら、聞き耳を立てると思う。
「まったく……。そんな言動が母の目に留まりまして、お姉ちゃんのお年玉は没収となっておりました。ま、もう大学生なんだけどさ」
「律はちゃんとお年玉もらえたの?」
「もらえたよー。でも蒼ちゃんとのデート費用に充てるつもりだから無駄遣いはしないよ」
蒼乃は自由に使えるお金があったなら、全部律に貢ぎたい。
「蒼ちゃんももらえた?」
「一応。私もデートに充てるわ」
駅の周辺は混雑していた。律によると年がら年中人が多いらしい。大通りを一本外れれば歓楽街という感じだったので、あまり律にうろついてほしくない。
しかし、律はふらふらと横道に逸れようとする。蒼乃が手綱を握るように、律の腕を引っ張り返す。
「どこ行くの?」
「こっちの方が人いないし近道だよ」
「人がいないんじゃ危ないじゃない」
「大丈夫だって。まだ昼間だしお正月だよ」
律は心配そうな素振りを一切見せずに蒼乃の腕を引き直す。これ以上粘るのも気が引けたので、蒼乃は仕方なく律についていくことにした。
二人は大通りと比べるとかなり人通りの少なくなった道に入っていく。
「律的にはこの辺りも地元なの?」
「そうだね。地元かな。もうちょっと行ったところに友達の家があるし」
「ただの友達?」
「……まぁそうね。……まぁ……告白された、かなぁ……」
隠し通せないと思ったのか、律は正直に白状する。罰が悪そうに、蒼乃の視線から逃れようとする。
友達の家の場所を把握しているということは、その家にも行ったことがあるのだろう。
「女の子?」
「……左様です。蒼ちゃんはエスパーかなにかかな?」
律が分かり易すぎるだけだ。
「小学校から仲の良い子でね。中三の時に、学校説明会に一緒に行って……帰りに告白された」
「何て言われたのか覚えてる?」
「小学生の頃から好きだったって」
「当たり前だけど断ったのよね?」
「そうだね。断ったね」
しかし、学校説明会となると……。もしかしてと思い、更に蒼乃は聞く。
「東高の生徒じゃないでしょうね」
「違うよ。他の学校に行ったよ。……言っておくけども連絡も取ってないからね」
律は念押しするように言う。
「結構仲良かった?」
「良かったかな。はるちゃんが部活入るのと入れ替わる形で仲良くなったから、毎週のように遊びに行ってたかも」
なんてずるい。蒼乃だって毎週のように律に遊びに来てもらいたい。
「でもここら辺ってことは、律の家からはちょっと遠いような……」
「遠いね。自転車で通ってたよ。あはは、小学生ってのは元気だ」
でも、その子は数年もの間律のことが好きだったのだろう。蒼乃は自分が恵まれていたのだと思う。
「律は、どうして私の告白を受けてくれたの?」
「それは……流れというか、場の雰囲気に呑まれたと言いますか……」
蒼乃は改めて遥に感謝をする。多分普通に告白していたら、こうはなっていなかったかもしれない。
「それに蒼ちゃんとは仲良くいたかったからかなぁ」
律が歩きながら蒼乃にひっついてくる。
「律」
「なんでしょう」
「キスしたい」
くっついていた律の肩が跳ねる。慌てて周りを確認している。人がまったくいないわけではない。
「ちょっと……ここでは恥ずかしいかな……」
赤面する律を見られたので、蒼乃はひとまず我慢することにした。
「律の中で一番記憶に残ってる告白って何?」
「それは蒼ちゃん」
「じゃあ私を除いたら」
律は考え始める。考えるくらいに、告白された回数が多いのだろう。
「初めて女の子に告白されたのが……衝撃的だったかなぁ。中一の時、三年の先輩から告白された。でもよく知らない人だったな……」
律は「なんだったんだろう」と溢しているが、間違いなくその整った顔のせいだ。
「律がモテモテで私は不安になるばかりよ」
「今はモテてないよ。蒼ちゃんがいるんだから」
律の言い方が変わった。前はまったくモテに鈍かったが、自覚症状が出てきている。何かあったのだろうか。
さらに蒼乃は今も自分がいるから大丈夫だとは思っていない。一番近いところだと担任の八重樫が危ない。絶対に律のことを好意的に見てる。
「そろそろ大神宮だよ。この時間だから参拝は長蛇の列かなぁ。やだなー」
律の言った通り、参拝者の列は神社の外に出て、信号を渡った先にも続いている。
「来たからには参拝しないとだよね。並ぼう、蒼ちゃん」
「そうね。律は内側に並んで」
蒼乃が車道側に立ち、内側に律を押し込む。
「あまり着物姿の人はいないね」
律が背伸びをして周りを見渡す。確かに晴れ着姿の女性は数えるくらいしかいない。
「寒いもんね……私だったら凍えちゃうよ」
律は足を上げながらスニーカーを見せてきた。
「中にね、靴用のカイロ入れてるの」
その様子が可愛らしい。前にも後ろにも人がいたが、蒼乃は気にせずに彼女を抱き締めた。
「律のことは私が暖めるわ」
「お、おう……ありがとう」
列が大きく進んでしまったので、蒼乃は仕方なく律から離れ、手を繋ぐにとどめた。
「律は神様になんてお願いするの?」
「お願いはしないかな。蒼ちゃんと巡り合わせてくれてありがとうって言う」
やっぱり抱き締めたい。横断歩道を渡っている最中でなければ抱き締めたのに。
「それにしても列長いですな……」
一度進んだと思ったら、列の動きは止まってしまう。律の腕が蒼乃の腕に伸びてくる。
「私が言うのもなんだけど、地元でそんなにくっついて大丈夫?」
「うーん。くっつきたいから仕方ない」
腕に巻きついてくる彼女がとても可愛い。可愛過ぎて狙ってやってるのではと思うが、正直どちらでもいい。クリティカルヒットなのは変わらない。
「なんか蒼ちゃんといると、周りを気にするのよくないなと思って」
「無理しなくていいのよ?」
「無理じゃない。全然大丈夫。……気にしてたらここにお参りには来ないよ」
再び列が進む。まだ神社の入口には遠いが、なにやら律が反応して背伸びをしてる。
「どうしたの?」
「たい焼き屋さんがそこにある」
蒼乃も頭の位置をずらして覗いてみる。歩道に併設するように温かそうなたい焼きが売られており、参拝者から人気を得ている。
「蒼ちゃん、食べる? 半分こする?」
「半分こ」
「分かった。味はどうしようねぇ」
「律が選んでいいわよ」
「そう? それならそうだなぁ。カスタードクリームにしようかな。食べれる?」
「私は平気」
のろのろと列が進み、店の目の前に来たところで律がたい焼きを買う。販売してたおじさんに「お嬢ちゃん可愛いね」と声をかけられていた。お目が高いが、蒼乃の律に声はかけないでほしい。
「また来たらおまけしてくれるって」
「行かない」
「そっか。ねーこれ半分に割れなさそうなんだけど、先に食べていい? 蒼ちゃんは頭としっぽのどっちを食べたい?」
「しっぽ」
「じゃあ頭の方食べちゃうね」
熱そうなたい焼きに躊躇なく齧りつく律。蒼乃の想像通り、熱くてはふはふしている。
「おいひい」
たい焼きのおかげで繋いでいた手が離れてしまったので、蒼乃は左手を律の腰に回してホールドした。
「はい、蒼ちゃん」
せっかく腕を回したのに、外したくない。
「食べさせて」
「わがままですな」
文句は言いつつ、律はたい焼きを蒼乃の口元まで運んでくれた。
「うん。美味しい」
店主は気に入らなかったが、たい焼きはとても美味しかった。
たい焼きを食べ、しばらく進んだり止まったりを繰り返しているうちに、鳥居をくぐるところまで来た。神社の敷地にはいろんな屋台が出ており、楽しそうに律が見回している。
「このあとお昼なんだから、控えめにしておいてね」
「お母さんみたいなことを言うね」
言いたくなる律が悪い。
敷地内に入ってからは、列が二列から四列になったので、進み具合の体感は速くなった。
「蒼ちゃんはお賽銭いくら?」
律が財布を覗きながら聞いてくる。
「五百円かな」
「太っ腹ですな」
「律に会えた一年だったから」
「なるほど。それなら私も五百円にしよ」
神様を信じない蒼乃も今日ばかりはお礼をしておこうと思った。
大きな鈴、本坪鈴というやつを律と一緒に鳴らし、お賽銭箱に五百円硬貨を投げ入れる。本当は投げてはいけないと思うが、あまりの人の多さにそうするしかなかった。
手をあわせて、蒼乃は律と会えた運命に感謝した。ついでに今年も律が健康でいられることを願う。
横を見ると律がまだ目を瞑って手をあわせていた。蒼乃は人混みに乗じて律にちょっかいをかける輩がいないか見張ることにした。




