061 -Ritsu-
「えっ! なんで!?」
蓮が大声をあげたのは、大晦日の夜、歌番組がリビングに流れ、年越し蕎麦をすすっている時だった。
「いやだって……蒼ちゃんと行くって約束してるから」
初詣の話を母親が振ってきて、律が何時に家を出るという話をしたことが起因だった。
「毎年お姉ちゃんと一緒に初詣行ってたでしょ!」
「正確には家族で行ってた、ね。別にお姉ちゃんと二人ではない」
律は残っている蕎麦をすする。海老の天ぷらは最後に残してある。
「じゃあ、私も一緒に行く」
「なにがじゃあなのさ。行きません」
母親は呆れた顔をして同じく蕎麦をすすっている。父親はいち早く蕎麦を食べ終え、テレビを見ていた。
「やだー私も初詣行きたいー」
「行きたいなら母さんたちと行きなよ」
「りっちゃんと行きたいのです」
隣からまた腕が伸びてくる。律はその腕を的確に弾いた。
「ごめんね。でも一緒に行かないから」
最後の麺をすすり、律は残していた海老を食べる。おかずに煮物があったけれど、正月を迎える頃にはお腹が空きそうだった。
「ごちそうさま!」
律は手をあわせてから食器をシンクに下げる。テレビには興味がなかったし、姉に絡まれるのが嫌だったので、律は走って自室に戻った。
いただきますをする際に蕎麦の写真を蒼乃に送っておいた。蒼乃から返信がきている。あちらも夕食の写真だった。ピザにチキンと豪勢な食卓。
『パーティーみたいなごはんだね』
リアクションをすると、すぐに既読がついた。待たせてしまったのかもしれない。
『大晦日感ないでしょ。律のお蕎麦美味しそう』
『私は蕎麦よりチキンが食べたい!』
このままではすぐ電話をする流れになるかもしれないと思い、律は急いで歯磨きをすることにした。今年最後の歯磨きだ。特に理由はないが、ちょっと念入りにやってしまう。
『蒼ちゃんは今何してるの?』
『歯磨き』
『奇遇だね。私も歯磨きしてるよ』
考えることは同じだった。ただの歯磨きが嬉しくなってしまう。
『歯磨き終わったら電話できる?』
『できるよー! 終わったらかけるね』
糸ようじをしっかり使ってから、うがいをする。一応トイレにも寄って、布団に下半身を突っ込んでから蒼乃に電話をかけた。ワンコールなる前に繋がる。
「蒼ちゃん、待った?」
『少しだけ』
「今どこにいるの?」
『自分の部屋でベッドの上にいる』
「同じだねぇ」
人と一緒でこんなにも嬉しいことなんて、蒼乃以外にはない。
「聞いてよ。お姉ちゃんが初詣についてくるとか言い出したんだよ」
『それは困ったわね。どうしたの?』
「放ってきちゃった。明日ついてきそうだったら頑張って撒くね」
実の姉を相手にどうしてこんなことをしなければならないのだろうと律は疲れた顔をした。
『律は明日何か買うつもりはあるの?』
「えーその時の気分にもよるけど、甘いものくらい食べたいね」
『あはは、律らしいわね。私はお守りとかのことを聞いたのだけれど』
「あ、そっち」
ちょっぴり恥ずかしい。
「お守りかー。受験でもないし、おみくじが引ければいいかな。私ね、毎年大吉を引くんだよ」
あそこの神社が大吉ばかり用意している可能性はある。
『私の分も律に引いてもらおうかしら』
「それじゃ意味ないでしょ。でも蒼ちゃんっておみくじとか信じなさそう」
『まぁ、いつもは引いてないから……。律が引くなら一緒に引こうと思っただけ』
蒼乃はただ生真面目だった。
「やー、今年は高校受験もあったし、蒼ちゃんとも出会えて、えーっとお付き合いできたし、忙しい一年だったね」
『律と会えた年だから一生忘れない。もちろん来年から律と過ごす時間を忘れる気はないけれど』
「蒼ちゃんは今年で一番楽しかった学校行事ってなに?」
『学校行事? 思い出に残ってるなら文化祭だけど……忘れられないのは校外学習かな』
今年、一年生の校外学習、もとい遠足の行き先は鎌倉だった。出席番号順に男女混合班だったので、実質律と蒼乃の二人旅だったと言っていい。
『初めてちゃんと律と出かけられたから、私すごく舞い上がってたの』
そう言えば、蒼乃は入学式の頃から律のことを好いていたと言っていた。
「ごめんね、好意に気づかず……」
律は本当に他人からの好意に疎い。自覚が芽生えてきた。
『いや、バレないようにしてたから。……遥にはバレてたけれど……』
「えっ、そうだったの!?」
『遥って周りをよく見ているのよ。はぁ、悔しいけど遥がいたから小中学時代の律に変な虫がつかなかったんでしょうね』
なんとなく昼間捨てたラブレターのことが思い浮かんだ。
『これからは例え変な虫が律に寄ってきても、私が潰すから』
「言い方。こんな大々的に付き合っていたら、寄ってこないでしょ」
学校内を移動する時はいつも手を繋いでいるし、休み時間は常に一緒にいる。誰かが割ってはいる隙間はない。
『私ね、大変なことに気がついたのよ』
蒼乃のトーンが一段階下がる。
『来年になったら学年が上がるじゃない。何もなければ』
「何もないよ。もう赤点取らないって」
『信じてるからね? でもって、四月になったら新入生が入ってくるじゃない? 新たにライバルが三百人も増えるのよ』
「私はそんなにモテモテじゃないよ」
真面目な声でふざけたことを言う。しかし、蒼乃はいたって真面目らしい。
『私が律の後輩だったら絶対に好きになるもの』
「同級生でも好きになっているみたいだけどね」
『怖いもの知らずな輩が絶対に律に告白しに来るに決まってるのよ』
「なるほど」
全然なるほどな話じゃない。なにを言っても無駄そうだったので、律は適当に相槌を打つ。
『もしかしたら同じ中学から律を追いかけてくる子がいるかもしれないし』
それは否定できなかった。文化祭に来てくれた後輩の中には、この学校を受けると言っていた子がいる。しかし、受かるとは限らないので蒼乃には言わない。
『律が可愛いのは嬉しいけど、周りからモテるのはすごい困るの』
「そっかー」
『話聞いてる?』
「聞いてるよ。たとえ誰に告白されたとしても、私は蒼ちゃんのものだよ」
なにかキーワードが響いたらしい。電話先の蒼乃がどうも嬉しそうだった。
「まったく蒼ちゃんは心配性だな。私はこんなに蒼ちゃんのこと大好きなのに」
『今すぐ律のところ行って抱き締めたい』
「今日はもう遅いから明日にしてください」
あっという間に、もう今年が終わろうとしていた。
『律』
机上のデジタル時計にゼロが並ぶ。
『愛してる』
蒼乃は、年を越えた瞬間に愛を囁く娘となった。律も遅れて愛を送る。
「明けましておめでとうございます」
『明けましておめでとう』
「言う順番逆じゃない?」
『いいの。先に気持ちを伝えたかったから。大好きよ、律』
「新年早々照れちゃいますな」
わりともう言われ慣れているはずなのに、律の鼓動は大きくなる。
「今年もよろしくね、蒼ちゃん」
『えぇ、今年も。来年も。ずっと』
毎年このやり取りをするのかなと思うとおかしかった。
「なんか一日だけは夜更かししていいみたいなのあるよね。全然眠くないや」
『私も明日が楽しみで眠れなさそう』
「でも、寝てね?」
『寝るけれど……もうちょっと』
律は布団の中で足をパタパタ動かす。若干浮かれていた。
「早く蒼ちゃんに会いたいなぁ」
『こっそり会いに行きましょうか』
「そんなロミジュリみたいな……。危ないからやめてね。蒼ちゃんになにかあったら私悲しいよ」
安直に「来て」なんて言ったら、本当に来てしまいそうな勢いを彼女は持っている。
「蒼ちゃん、今年の抱負はあるの?」
『律を幸せにする』
「いろいろ突っ込みたいけど、それ今年のではなくない?」
『確かに……。律と同じクラスになる』
「それも抱負とは違うような。でもね、うん。一緒にクラスがいいね」
律もぼんやりと抱負について考える。やはり学力面だろうか。どこの学部にいこうと、英語は必須科目になる。学力向上。これだ。
『あと受験期になる前に、律とたくさんデートしたい』
「よし、今年は遊びまくろう」
遊びつつ、学力向上を目指す。とりあえず赤点だけは避けよう。
蒼乃との通話は深夜一時を回った。切りがなかったので、時間で区切り、通話を終える。あとは昼間のお楽しみだ。
律は寝る前にもう一度トイレに行こうと思い、廊下に出た。
「なにしてんの」
寒々しい廊下には、厚手の靴下を履き、はんてんを着込んだ姉がいた。ちょうど律の部屋の前に。
「瞑想」
「迷走の間違いでしょ。盗み聞きしてたの?」
「廊下に漏れ出てくる音を聞いてただけだよ」
「それが盗み聞きって言うんだよ、お姉ちゃん」
呆れた。妹と恋人の電話の中身を聞こうとする姉がここ以外のどこにいようか。
「……聞いたなら分かるでしょ。私と蒼ちゃんは仲良しなんですよ。お姉ちゃんが割り込む隙はないの」
蓮を放置し、律はトイレに行く。
戻ってきたら、まだ蓮は部屋の前にいた。
「なに」
「明けましておめでとうって言ってないなと思って。おめでとう、りっちゃん。今年もよろしくね」
「おめでとう……」
今年もよろしく、とはいかなかった。同じ感じによろしくされたら困る。
「じゃあ私は寝るから……」
「今日くらいお姉ちゃんと一緒に寝ない?」
「寝ません」
自室に戻ってドアを閉めた。律は父親に頼んで内鍵をつけてもらうか真剣に悩んだ。




