060 -Ritsu-
「ゴミの日は今日が最後だからね」
母親にそう言われ、自室に軟禁状態な律は小さく唸る。片付けが進まない。どこかで今年中に片付けるとか言った気がするけど、まったく片付いていない。
蒼乃が来た日が一番綺麗だったと思う。どうしたものかなと悩み、結果、現実逃避を選んだ。
出なかったら仕方ないと思いながら、恋人の蒼乃に電話をかける。
『もしもし。どうしたの、律』
「蒼ちゃん、今大丈夫だった?」
『えぇ。宿題の追い込みをしていただけだから』
偉い。宿題に手をつけていない上に、片付けをしていない律とは大違いだ。
『律、あなたのところのゴミ回収は今日が最終日じゃないの』
「なんでそんなところまで把握してるの。怖いんですけど」
『貴方、片付けが嫌になって私に電話をかけてきたでしょ』
なんでもお見通しな彼女が怖い。監視カメラでも設置されているんじゃないだろうか。律は部屋の中をきょろきょろと見回す。
『まぁ……やる気を出すために少しくらいは相手をしてあげる』
「蒼ちゃん大好き愛してる」
『もっと心を込めて言ってほしいわね……。ところで律、宿題は進んでる? ちゃんと計画的にやらないとだめよ』
律はもう一度室内を見回した。
『泣いて見せてって言っても、宿題は見せないからね』
「そんなことはしないよ……。それに数学はちゃんと冬休みに入る前に終わらせたよ」
『英語はまた小テストがあるんだからちゃんと取り組まないと、八重先生に課題追加されるわよ』
「勉強をするという体で、始業式前にも会えないかな?」
『宿題終わってなかったら名目通り勉強になるけれど、それでもいいなら』
最近彼女が厳しい。親よりも勉強しろと言ってくる。志望校のことを考えれば、当然の対応とも言える。
『ところで律、明日は何をする予定なの?』
「私? 明日……大晦日は……」
寝て、食べて、寝て、食べて。特に予定はなかった。特に見たい特番もない。
「年越しそば食べるくらいしかしないかなぁ。蒼ちゃんはなにか特別なことするの?」
『うちは単身赴任から父親が帰ってきて、ご飯が豪華になるわ』
「へー! なに食べるの?」
『ハンバーグは出ないわ』
「食べないよ。まったく私をなんだと思ってるんだ……」
『じゃあ律はハンバーグと私、どっちが好き?』
突然の変化球にたじろぎそうになったが、ここはスマートに回答する。
「もちろん蒼ちゃんが世界で一番好き」
『そう』
短いけれど満足そうな返答があった。続けて『私も律が好き』と返ってきて、律も嬉しくなる。
『明日の夜、電話ってできる?』
「私は寝て食べることしかしない暇人ですからね。いつでもウェルカム。本当はね、年末も蒼ちゃんといたいんだけど……贅沢言っちゃいけないね」
クリスマスに泊まりができただけ幸せだ。
「蒼ちゃんのうちはおせち食べるの?」
『うちはお寿司とすき焼きが交互にくるの。来年はお寿司の年』
「いいなー。お寿司。私は炙りサーモンが食べたい」
『今度お寿司デートも行きましょうか』
「行く行く! 蒼ちゃんは何食べたい?」
蒼乃が勉強をしていたというのに、律はお喋りに夢中になる。
「りっちゃん! お昼だよ!」
ノックなしに自室のドアが開け放たれ、姉の蓮が入ってくる。
「蒼ちゃん、ごめん。お姉ちゃんがきたからまた連絡するね」
電話中だということが分かったなら出ていってほしいが、蓮はずっと室内にいるし、なんなら律への距離を詰めてきている。
「お姉ちゃん、入る時はノックしてって何度も言ってるよね」
「いいじゃん。隠すものなんてないでしょう」
蓮がいる時に蒼乃は呼べないなと思った。最中であろうと入ってくるだろう。
「りっちゃん、全然片付け進んでないじゃない」
「うっ……午後頑張るよ」
「お姉ちゃんが手伝ってあげるね」
蓮の腕が伸びてきて、払うよりも先に首にまとわりついてきた。
「お昼なんでしょ! 下に行くから離れて」
◆ ◆ ◆
拒否に拒否を重ねたが、昼食のラーメンを食べた後から蓮が律に付随して回った。
「りっちゃん、これは捨てるの?」
律はうざいと思いつつも、片付けが順調に進んでいたので文句を言わないでいた。
「これ、包装紙? 取っとくの?」
「いるから捨てないで」
蓮の手から白色の包装紙を奪い取る。先週、蒼乃からもらったネックレスを包んでいたものだ。
「なに? あの娘からのもらいもの?」
頑なに「彼女」とは言わない。
「りっちゃんに恋愛はまだ早いと思うんだよ」
学校のプリントを仕分けしながら、ぶつぶつと蓮が喋り始めた。
「はるちゃんから聞いていたけど、中学の時は告白されても断っていたでしょう」
普段顔をあわせれば無意味なマウントの取り合いをするくせに、こういうところはしっかり情報を共有していて嫌だった。
「なんで! 高校生になった途端オーケーしたの? 顔だってお姉ちゃんの方が美人でしょう!」
「その高い自己肯定感がうらやましいよ。ちなみに蒼ちゃんの方が美人です」
蓮にとって都合の悪い話は聞こえないらしく、特にリアクションはなく話が続く。
「りっちゃんが寂しいって言うなら、私が近くにいてあげる。勉強だって教えてあげられるし、なんなら養ってあげる」
「そんなつもりで蒼ちゃんと付き合ってないから」
文房具も中学時代に買ってから使ってないものもある。当時は手紙を書くのにいろいろ使ったなと思いつつも、今使ってないものについては捨てることにした。
それとあわせて、中学時代に流行っていた手紙の行き場に困る。
遥とは連絡先も知っていて、住んでいる場所も近い上に同じクラスという立場であっても一番手紙を交換したと思う。
はたして、いつまでとっておくべきなのか。
「お姉ちゃんが中学生の時って手紙の交換ってした?」
「したしたー。懐かしいな。こうやって折ってたよね」
蓮はいらないプリントを折り込んでいく。
「で、お姉ちゃんはもらった手紙どうしたの?」
「うーん。全部捨てた」
「え、懐かしいとかないの?」
「ないない。だって連絡取るやつはスマホでやり取りしてるし、連絡取らやつはこの先思い出すこともないって」
律の姉でありながら、蓮はさっぱりしていた。
「でもりっちゃんが昔くれた手紙とか似顔絵とかは全部取ってあるからね!」
「それこそ捨てて」
律が本当に小さい時はお姉ちゃん子であった。しかし、律が大きくなるのにあわせて蓮のシスコンぶりも加速していったので今の関係に至る。
「お姉ちゃんって彼氏からのプレゼントはどうしてるの?」
「いらないやつはネットで捌いてる」
蒼乃にそんなことされたら、律は立ち直れないだろう。
律は無駄話を切り上げ、目の前にある紙袋を覗いた。この中には中学時代にもらった手紙が入っている。ほとんどがノートの切れ端に書かれたものだったが、十通ほど綺麗な封筒に入ったものがある。どれも違わずラブレターだった。中には遥にも明かしていない恋文も入っていた。
昨今の多様化の影響か、律は男女問わず人気を得ていた。その結果がこれだ。なお、手紙を介さずに直接告白されたことも多々あるので、実際に告白された回数はもっと多い。
「今は蒼ちゃんがいるしな……。ごめんなさい」
蓮にバレないようにして、ラブレターをシュレッダーにかける。
残るは友達と交わした手紙の数々だった。律は迷いに迷った挙句、遥のものだけ残して他は捨てることにした。あまり持っていても、蒼乃がいい気持ちにならないだろうと判断してのことだ。
「りっちゃんてさ」
「なに?」
シュレッダーをしながら横目で姉を見る。蓮は大量に捨てられていく手紙を眺めながら、何気なく聞いた。
「やっぱり歳上にモテるの?」
「私はそんな……」
しかし、蒼乃ですらも告白されたことがないという話を思い出す。やっと律は自分が中学時代にモテていたのかもしれないと気づいた。
「同学年が一番多いんじゃないかな……」
「それは普通でしょ。歳上と歳下だったらどっちにモテていたの? 今後の参考に」
なんの参考にするというのか。たとえ答えが歳上だったとしても、蓮に契機が訪れることはない。
無心でシュレッダーにかけるのも負担であったので、律は中学時代のことを思い出す。
……憧れを含んだ気持ちが強かったのか、後輩から言い寄られたことが多かったかもしれない。それも同性から。女の子から告白されたのは、蒼乃が初めてではない。
「歳下かなぁ」
「チッ」
舌打ちをされたが、律は無視した。
「お姉ちゃんだってモテてたんじゃないの」
顔だけは良い。性格はこんな感じで、とても残念だけれど。
「私はりっちゃん以外になびかないのよ」
「彼氏いるじゃん」
もはや本当に彼氏がいるのか不安になってきた。
蓮と話しているうちに、ゴミ袋が五つできあがった。なぜか蓮と話していると、捨てちまえという気分になった。これくらい片付ければ文句も言われないだろう。
律は蓮と手分けしてゴミを捨てに行った。
夕暮れを見て、今年が終わるなと思ったが、まだ一日残っていた。




