未来へ(1)
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──あれから天野とは何度か食事をともにしたが、彼女となら闇鍋でも美味しく食べられる気がする。
「……いや、さすがに闇鍋は無理か?」
そっとキッチンのドアを閉めてリビングダイニングへ戻る。
できあがるまで見守りたかったが、天野も立派な大人である。今日のために練習もしたと行っていた。なら、彼女を信頼しなければ失礼というものだ。楽しみに待つことにしようと自分に言い聞かせる。
それにしても、先ほどのように一人ボケツッコミをするようになったのも天野の影響だろうか。だが、今はそんな自分の変化が嬉しかった。
ソファに腰掛けパソコンのキーボードを叩く。
ヒロインを巡って神楽と鷲尾が火花を散らすシーンを書きながら、天野と初めてジェラートを食べた夜空を思い出した。
まず、目の前にいるこの人のために書いてみよう──天野がワクワクしながら次のページを捲る姿を想像すると、頭の中でキャラクターが、ストーリーが途端に意思を持って生き生きと動き出した。あの感覚は今でもありありと思い出す。
ずっと冷たい土の中で眠っていた種が、陽の光を浴びて芽を、茎を伸ばし、やがて蕾を付け色鮮やかな花を咲かせるように、心の中が明るく、美しく、希望あるもので満たされた気がした。
誰かのために書くこと、料理をすること、生きること。
人は一人では生きられない。そして、その誰かが、天野が自分のそばにいてくれることが、今は何よりも幸せだった。
それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。
キッチンのドアがバタンと明いたかと思うと、ミトンを両手に嵌め、鍋を持った天野が満面の笑みで現れた。
「はいは~い! お待たせしました~! 天野家直伝のロールキャベツです! プラス、ツナマヨサラダ~!」
ダイニングテーブルに用意されていたフルーツ柄のスープボウルに、まずは澄んだきつね色のスープが注がれる。わずかに油が水玉になって浮いており、湯気からはふわりと優しく香ばしい香りがした。
「これはコンソメ?」
「はい、コンソメスープです。私の実家ってロールキャベツはコンソメ仕立てなんですよ」
続いてスープに沈められたロールキャベツは通常サイズの三割増しだった。一人二つ割り当てられているが、実質的には三つから四つはあるのではないだろうか。
天野があの顔中で笑う満面の笑みを浮かべる。
「あはは、大きいでしょ~。うちのお母さん、チマチマ包むの面倒くさいっていつもこのサイズで作ってるんです。世の中の一般的なロールキャベツを見た時の驚きったら。小人の国に迷い込んだガリバーの気分でしたよ。でもね~、これが結構食べられちゃうんですって」
よく煮込まれたロールキャベツはほんのり黄みがかった緑色で、透けた葉からハンバーグがうっすら見えている。
これは美味しそうだと認識した途端、自分の腹が小さく鳴るのが聞こえる。しまったと思った時にはもう遅かったのだが、そこに更に凄まじいブブゼラ音が重なったので、何事かと思わず天野に目を向けた。
天野の白い頬がみるみる染まる。
「あはっ! いやあ、お腹空きましましたねっ! 早く食べましょう! ご飯はどれくらいがいいですか?」
まさか、「いただきます」だけではなく腹の虫の鳴くタイミングまで同じとは。
なんだかおかしくなって笑ってしまった。
「じゃあ、大盛りで」
彼女と一緒ならいくらでも食べられる気がする。無限に笑えると感じる。
答えてまもなく萩焼の椀に山盛りに盛られたご飯を差し出された。大盛りどころか特盛りだ。
「まいどっ!」
炊きたての白いご飯と、キュウリとコーン入りの和風ツナマヨサラダと、コンソメの香りの湯気の立つロールキャベツの盛り付けられた器が並べられたダイニングテーブル。
「もう一品作れればよかったんですけど力及ばず……」
「十分ですよ。とても美味しそうです」
天野が作ってくれたのならそれだけでよかった。きっと二人ならなんでも美味しい。
「いただきます」
手を合わせてロールキャベツに箸をつけると、ほんの少し力を入れただけでキャベツが崩れ、中から具がほろりと零れ落ち肉汁がコンソメスープと混じった。
半分を掬い上げぱくりと口に入れる。
美味しいかどうか気になるのだろう。天野が息を呑んでこちらを見守っているのを感じた。




