未来へ(2)
コンソメスープの奥に醤油の香りを感じる。きっと隠し味なのだろう、風味にコクを与えていた。
キャベツは予想以上に分厚く巻かれていたが、柔らかく煮込まれスープが染み込んでおり、崩れかけのハンバーグとよく合う。スープがさっぱりしている分、脂身が多めの挽き肉を使っているようで、旨味が口の中でトロリと蕩けた。
「あっ、ハンバーグには二ンジンが入っているんですね」
「はい、ロールキャベツだけでキャベツ、タマネギ、ニンジンの三種類の野菜が取れるからって」
「私の実家もでしたよ。だから、ハンバーグにはニンジンが入っていて当然って認識です。それにしても、このロールキャベツ、ご飯に合いますね」
「そうそう、ご飯のおかずになるようにちょっとだけお醤油入れてるんですよ~」
以前は語るのも躊躇われた過去を語れるようになっているのに気付く。失った痛みを忘れることはできないが、それでも日々の暮らしを積み重ねることで、いつか思い出になるのだと信じたかった。
「サラダもいけますね。コーンを入れる発想がなかった」
「私コーンなんにでも入れちゃうな。一番好きなものはコーンご飯!」
「えっ、コーンご飯?」
初耳だった。
「ご飯を炊く時にお米に缶詰めのコーンと日本酒と塩を混ぜてセット。シンプルだけどコーンの甘みと塩っ気の組み合わせが絶品! 物足りないならバターとしょうゆをちょっと落としても……」
「美味そうだなあ」
想像するだけでまた腹が鳴りそうだ。
「今度の土曜日は私の部屋のキッチンでコーンご飯を炊きましょうか。おかずのリクエストただ今から受け付け開始ですよ~!」
天野は「それまでに掃除しなくちゃ」と笑った。当たり前のように交わされる未来の約束の日が待ち遠しかった。
「あっ、先生、お代わりはどうですか? まだロールキャベツもご飯もたっぷりありますよ」
「それでは遠慮なく」
コンソメ仕立てのロールキャベツは期待以上の美味しさで、ご飯とともに二杯もお代わりしてしまった。久々に腹一杯以上になるまで食べ、苦しくなった頃には夜八時を過ぎていた。
後片付けの手分けをし、天野は余った料理の保存を、自分は使用した食器類を食洗機にセットする。
洗浄のスイッチを押したところで、作業を終えた天野がキッチンにやって来た。辺りをキョロキョロと見回す。
「ここちょっと寒いですね。料理中はそんなこともなかったんですけど」
「蒸気で温まりますからね。エアコンつけましょうか?」
「あっ、いいです。すぐ出ていきますし。あっ、そうだ」
天野は隣に立ちそっと身を寄せると、顔を上げて照れくさそうに微笑んだ。
「先生、ギュッてしていいですか?」
「えっ……」
「ほら、私体温高いんだって言っていたでしょう? 確かめてみませんか?」
「……」
断るはずもなく恐る恐るその背に手を回す。天野はいつも太陽のように輝いて、エネルギーに満ち溢れた女性だ。その分存在感も大きかったのだが──
彼女の体は驚くほど小さく柔らかく頼りなく温かかった。だからこそ一層愛おしくなる。生きている人間の温もりだった。
「確かに人間カイロですね」
「でしょう? 三十七度ですよ!」
くすくすと笑い合う。
「しかも先生限定でタダですよ。お得でしょう?」
「タダではなくても私以外の他の誰にもぎゅっとしないでください」
栗色の目が大きく見開かれた。
「えっと、その、それってヤキモチですか?」
「もちろんです」
頬を染めて胸にぽすんと顔を埋め、ぎゅっとしがみつく天野をずっと抱いていたいと思いながら、いつ彼女に伝えようかと思う。
警視総監にして元上司の城崎・響子夫妻の娘の結婚が決まり、天野ともども今年の挙式と披露宴に招待されたこと。しかも、婚約者同士として来いと要求されていること。
挙式には警察官時代の上司、同僚一同が集結しており、全員が証人となっているので今度こそ逃れられそうにないこと。
自分はそれでもいいと思っていることをどう話そうか。彼女はどんな顔をするのだろうか。
だが、今はまだ腕の中の温もりをもっと感じていたかった。
最終話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』終
『イケメン小説家の今日の献立』了
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