過去(10)
「はい、確かに……」
それにしても、なぜジェラートを美味しいと感じたのか。
想像していなかった事態に戸惑う。だが、同時に胸の奥が熱くなるのを感じた。自分にまだ生きる喜びの一つである、人間らしい感覚があったことに感動していたのだ。
一方、天野は呑気に三段目のジェラートをパクつきつつ瑠璃色の空を見上げている。
「今夜は綺麗な星空ですね。アイスのいいサカナだな~。東京でこんなに星を見たのは久しぶりです。あれ、カシオペア座ですよね」
「ええ、そうですね」
「あっ、あっちに炉座がある。こっちにはこいぬ座が! こいぬ座って星二つをテキトーに線で繋げただけなんですよね。一体どんなクスリをキメればあれが子犬に見えるんでしょう?」
「ろ、炉座? こいぬ座?」
なぜまたそんなマイナーな星座を知っているのか。
「彫刻具座も見えますね。私、高校時代掛け持ちで天文部にも入ってたんですよ~。廃部阻止のためだけに在籍していたユーレイ部員でしたけど。入部の報酬は毎週月曜日、購買で部長にパンと牛乳買ってもらってました。ランチ代浮いて助かったな~」
若い女性と二人で甘いものを食べながら星空を見上げる──小説ならロマンチックな場面になるはずなのだが、相手が天野だとコントか漫才の相方になった気分だった。ツッコミたくなるのをグッと堪える。
同じ頃にバニラを食べ終えキャラメルに取り掛かる。こちらの味も深いコクのある甘みで美味しかった。
糖分と脂肪分がエネルギーとなって体中に行き渡り、ふつふつとやる気が湧き出すのを感じる。
この情熱は、意欲はなんなのかと自分に問い掛ける間に、天野が「あ、そうだ」とバッグから一枚の書類を取り出した。
「これ、私からの新作についてのご提案です。なかなかアイデアが思いつかないとおっしゃっていたので……。ご自宅で一度読んで検討していただけますか? もちろん、先生にもう企画があるようでしたらそちらを優先いたします」
天野からの提案がどんなものかの検討がつかず、ジェラートを食べ終え早速企画書に目を通した。
デビュー作であり代表作ともなっていた警視庁シリーズとは真逆の作風──キャラクター性の強いコメディタッチのミステリーのアイデアだったので目を瞬かせる。
「頭カラッポにして読めるミステリーを書いてほしいんです。失恋したばかりの女の子でも、その作品を読んだらつい笑って、ワクワクして、気が付いたら最後まで読んでいて、明日も会社に行けるエネルギーが出るような……って、私が読んでみたいだけなんですけどね」
天野は今度はイタズラを思い付いた子どものようにニッと笑った。




