過去(8)
結局、またもや天野に負けて大人しく近くのベンチに腰を下ろす。
天野は自分の順番になるとワゴン車の中の女性と雑談で盛り上がっていた。仲がよさそうなので何度も通って顔見知りになっているのかもしれない。聞こえないので何を話しているのかはわからないが楽しそうだ。
やがて、オレンジのトレイを手に「お待たせしました~」と小走りにベンチまでやってくる。
「大は小を兼ねる精神でダブルじゃなくてトリプル頼んじゃいました! 口の中が冷たくなりっぱなしじゃいけませんからホットコーヒーも」
トレイの上にはアイスクリームスタンドに立てられた三段重ねのジェラートと、カップに注がれた湯気の立つコーヒーがそれぞれ二つ鎮座していた。
ワッフルコーンにジェラートがうず高く盛り付けられているさまは世界最高峰のエベレストさながら。すでに寿司で満たされた胃袋で挑んで勝利の登頂旗を立てられるのかと不安になった。
一方、天野は余裕の表情である。これが二十代の食欲であり、約十歳の年の差なのかとおののいた。
「先生のジェラートは下からキャラメル、バニラ、てっぺんの味は食べてからのお楽しみです♪」
「ありがとうございます。甘いものは久しぶりで楽しみです」
ひとまずコーヒーを一口飲む。天野はもうジェラートにかぶりついていた。相変わらず食べっぷりがいい。
何気なく顔を上げると冬の寒さで空気が澄んでいるのか、珍しく夜空にいくつもの星がキラキラ瞬いていた。三つ連なる星はオリオン座の一部だろう。W型のカシオペア座に北斗七星。
どれも儚い光だが気が遠くなるほどの永い時の中で輝き続けている。人間の営みなど星々からすれば一瞬ですらないと思うと、自分の存在も悲しみも憎しみもちっぽけなものに思えてならなかった。
「あのう、先生」
「はい、なんでしょう」
星を見上げつつ生返事をする。
「勘違いだったら申し訳ありません。先生は生魚に抵抗があったんでしょうか? それとも、寿し銀みたいに狭いところが苦手だったとか」
少々驚いて思わず天野に目を向ける。
「いいえ、そんなことはありませんよ」
なぜそう思ったのかが不思議だった。
天野はほっとした横顔で一段目のジェラートを食べ切った。
「なら、よかったです。見ていてなんとなく気分が下がっているのかなと思って……。次の食事の機会には違うお店をご用意しますので、なんでも遠慮なく言ってくださいね」
寿し銀で気分が下がったのではない。常時下がっているのだが、こうして指摘されたのは初めてだった。
同時に、天野がなぜこの公園に連れてきたのかを悟る。つまり、生魚の味やにおいが苦手か閉所恐怖症ぎみかもしれないと心配し、真逆の広々と開けたところで口をさっぱりさせようと配慮してくれたのだ。
彼女はただニコニコ笑っているのではない。しっかり人を見ているのだと知りその洞察力に舌を巻く。自分などへの気遣いに申し訳なくもなった。
「はい、また次回はよろしくお願いします」
天野の気遣いに応えようとトップにあるジェラートを口に入れる。色はほんのり黄みがかってバニラに似ていたのだが、一口含んだ途端舌の上に意外な味が広がった。
「……!?」




