過去(5)
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「はい、次はヒラメの昆布締めの握りですね」
「昆布締め大好きです!」
天野の元気な声に意識を引き戻された。
昆布締めとは食材を昆布に挟んで一日置いた料理だ。刺し身の場合昆布が余計な水分を吸い取るので日持ちがし、更に昆布の旨味を吸い込んでいるので、手を加えていない刺し身とは違ったコクのある味わいがある。
天橋が大口を開けて昆布締めの握りを一口で一気に、瞬く間に一貫平らげる。見ていて気持ちのいい食べっぷりだった。
「天野さん、昆布締めを食べたことがあるんですか?」
大将がまた思わず声をかけている。確かに、天野は人懐っこく話しやすいだけではなく、妙に構いたくなる何かがあった。
「はい、実家でのお正月に必ずおせちに入っていました。でも、ヒラメじゃなくてサワラって魚でした。美味しかったなあ」
「おせちにサワラの昆布締め……。ひょっとして天野さんのご実家は石川県か岡山県ですか?」
「えっ、何、大将って江戸川コナ○だったんですか!? すごい推理力! 石川県の方です」
「いやいや、歩く死神に例えるのはやめてくださいよ」
「しかもコ○ン知ってた!」
大将は次のネタの漬け込んだマグロの赤身を切り取りつつ楽しそうに笑った。
「タネ明かしをしますと、岡山県では昔からサワラ料理が好まれていて、料理の種類も多く昆布締めも好んで食べられているんです」
「へえ~」
「また、昆布締めは石川県や富山県の郷土料理でもあるんです。江戸時代から明治にかけて、北前船という廻船がありました。日本海ルートで北海道から大阪まで貨物を運ぶ船です。石川県にも港があって、地元の商人たちは北海道の昆布を買い付けていたんです」
そして、その昆布を昆布締めに使った。
「全然知りませんでした。じゃあ、岡山県と石川県の味覚って似ているんでしょうか?」
「それがそうとも限らないんですよ。実は、石川県の県民もサワラは好きですが、石川県のサワラはサワラではないんです」
「ううっ、申し訳ございません。私とんちが苦手で……」
大将はアハハと笑ってシャリを握り始めた。
「とんちではありません。石川県の方言ではカジキマグロをサワラと呼ぶんです。一方、岡山県の言うサワラはスズキ目サバ科の魚で、両者はまったく違う魚なんです。岡山県のサワラの方が一般的ですね。もちろん、どちらも美味しい魚ですよ」
「カジキマグロ?」
「ヘミングウェイの中編、老人と海に登場する大型魚ですね。フンと呼ばれる鋭い上顎が特徴の……」
湊が助け船を入れると天野は「あ~! あのツンツンした魚!」と声を上げた。
「石川県の人はこのカジキマグロのサワラが大好きで、特にサワラの昆布締めはごちそう扱いなんです。昆布は縁起物でもあるので、よくおせちにも出されているんですよ」
「あ~、だから、私がサワラの昆布締めをおせちにって言っただけであそこまで絞り込めたんですか」
「ははは、ついウンチクを語ってしまいました」
「いやいや、すごく面白いですよ。料理にも歴史や文化があるんだなって教えられました。そんなに美味しいもの作ってくれたお祖母ちゃんに感謝、感謝」




