記憶(3)
湊だけではなく両親も同様の精神状態で、初めは正気を保つために、次第に半ば狂ったように渚の捜索に明け暮れた。父は仕事を休まざるを得なかったので、出世頭だったのに昇進を諦めたと聞いている。
ただ、両親はともに残された息子には、「湊は来年受験生なんだから、渚のことは私たちに任せて、しっかり勉強しなさい」と励ましすらした。お前のせいだと一言も責めなかった。
責めてくれたほうが楽だったのに──
それから半年後、父がビラまきの最中、交通事故に遭って命を落とした。更に半年後に母が「ちょっと疲れた」とソファに腰を下ろし、それきり目を覚まさなかったので救急車を呼んだ。
救命救急センターでの診断の結果は心筋梗塞。二時間後、集中治療室から姿を現した担当医に、あらゆる処置を施したのだが、すでに手遅れだったと告げられた。もう少し早くに気付いていれば助かったかもしれないとも。
心筋梗塞は初期段階では左胸や左肩に違和感が、やがて胸が締め付けられるような圧迫感や焼け付くような痛みに苛まれる。冷や汗や吐き気を伴うこともあるので、患者本人が異常に気付き、みずから来院することも少なくないのだとか。
だが、母は痛みなど訴えなかった。
娘と夫を立て続けに亡くし、身も心も限界にまで傷付いていたことで、もう痛みを感じ取れなくなっていたのではないか。ようやくあらゆる苦痛から解放され、安らかそうな母の顔を見てそう思えてならなかった。
医師に「ありがとうございました」と頭を下げて集中治療室を出、人気の少ない待合室のベンチに座り込む。
渚が帰らなくなった日から胸に暗く深い穴が空いている。その穴に苦しみ、悲しみ、後悔、罪悪感、あらゆる感情が吸い込まれ、渾然一体となって淀んで凝って沈んでいった。ずっしりとした重さに身動きが取れない。
どう立ち上がればいいのかわからなかった。
それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。
「東海林……湊君?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
集中治療室にいた看護師の一人だった。手にミルクティーのペットボトルを持っている。
確か、渚が好んで飲んでいたものだった。容量の半分を砂糖が占めているのかと疑うほど甘かったはずだ。
「ごめんなさいね、邪魔をして……。でも、すごく顔色が悪かったから。何も食べていないんでしょう? こんな時だとは思うけど、せめて糖分だけでも取ってほしくて。次があなたが倒れてしまうわ」
「……」
「お願いだから飲んで」
看護師は必死の形相でミルクティーの蓋を開けて差し出した。
「ありがとう、ございます」
断る気力もなく受け取り口を付ける。
以前飲んだ時のように甘くない。美味くもまずくもない。だが、その時は孤独の重みに耐えるのに必死で、味どころではなく疑問を抱きもしなかった。
食事の味そのものを感じ取れなくなっていると気付いたのは、母の葬儀後の精進落としでの席のことだった──




