記憶(2)
すぐさま母のもとへ向かい、留守番電話を聞かせると、ただごとではないとすぐに悟ったのだろう。母は真っ青な顔ですぐさま父と警察に連絡をし、指示を仰いだ。
警察も渚からのメッセージを聞かせると、長年の経験から事件だと確信したようで、すぐさま捜索に当たってくれたのがありがたかった。遠縁に警察関係者がいたのも大きかっただろう。
だが、捜索は難航した。
なぜなら、渚はスイミングスクールの友だちと食事に行くと言っていたのに、その友だちらは「そんな約束はしていない」と証言したからだ。
ならばどこへ消えたというのか。
渚は一件頼りなく見えるが、至って真面目でしっかりした少女で、学校でも私生活でも目立ったトラブルはない。もちろん、交友関係に怪しい人物はいない。一人で危険なところに向かうことも、見知らぬ人物について行くこともまずない。
彼女の最後の姿はスイミングスクール内の防犯カメラに記録されていた。担当のインストラクターと会話していたので、当然インストラクターにも取り調べが行われたが、渚の行方を示唆する証言も証拠も得られなかった。
一体、彼女の身に何があったのか。
一日経っても、二日経っても、三日経っても、渚の好物のミートボール入りのシチューが腐り捨てることになっても、一ヶ月経っても、一年経っても渚は戻らなかった。
子煩悩の両親はじっとしていられなかったのだろう。死にものぐるいでみずからも渚を探した。
特に母の心労は大きかった。渚は留守番電話を入れる前に母の携帯電話にも電話をかけていたからだ。そちらでは何コールかの後に切れている。
「あの時私が電話を取っていれば……」
母の後悔の嗚咽が胸に鋭く刺さった。
母の責任ではないことを誰よりも知っていたのは湊だったからだ。
渚にとって留守番電話のメッセージは、兄の自分は最後の頼みの綱だったのではないか。そうかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。それ以外あり得ない。
想像は推測に、推測は確信に、確信は真実に。
真実とは嘘偽りのない本当のことを意味する。だが、何が嘘で何が本当かを判断するのは一人一人の価値観に委ねられる。だからこそ百人いれば百通りの真実がある。
湊にとっての真実とはただひとつ。
自分が携帯電話の電源を切っていなければ、もっと早く電源を入れていれば、そもそも勉強などにかまけていなければ、こんな事態にはならなかったはずだ。渚と笑って夕食をともにしていたはずだ。
──俺のせいだ。
脳裏で渚が口にすることのなかったミートボールのシチューが浮かんでは消える。
湊の精神は後悔と罪悪感、最悪の想像とそれを否定しようとする儚い希望の繰り返しに徐々に疲弊し削り取られていった。




