過去(4)
「いらっしゃい!」
威勢のよい歓迎の声に出迎えられる。
店内は外装と比較してモダンなつくりだ。リニューアルしたばかりらしい。ダークグレーのタイルの床も目に優しい木目調の壁も傷一つなく磨き抜かれている。
カウンター席はすでに客で六割が埋まっており、それぞれの席の前に黒く濡れたように光る紀州塗りの半月盆と揃いのデザインの箸が置かれていた。
向こう側では数人の寿司職人が忙しく立ち働いている。いかにも硬派に見える年配の男性が大将なのだろう。
「予約していた天野ですけど」
「ああ、サンダース先生の! どうぞ、こちらです」
壁際の二つの席に案内される。
座り心地のいい和風スツールに腰を下ろすと、ネタケースにずらりと並べられた今日の寿司ネタが目に入った。マグロと思しき赤身のかたまりもあれば、殻付きのホタテも、なんの魚かわからない白身もある。
「いや~、こんないいところのお寿司なんて何年ぶりでしょ~!」
天野が意気揚々と手渡されたおしぼりで手を拭く。やはり満面の笑みを浮かべていた。
天野は表情の九割が笑顔なのだろうか。なぜこうも明るく笑えるのだろう。
大将も釣られて笑みを浮かべていた。
「天野さん、今日はお任せでいいですか?」
「はい!」
「食べられない魚は?」
「私はオールオッケーです」
不意に大きな栗色の瞳が向けられる。
──ドキリとした。
「東海林先生はどうでしょう?」
「いいえ、好き嫌いもアレルギーもありません」
「よかったあ!」
また天野の目がぱっと輝く。
「じゃあ、大将さん、どんどん持ってきてください!」
「あはは、天野さん、サンダース先生から話は聞いていますよ。新しい担当の編集者さんがなかなか面白いと」
「え~、どんな風に面白いんですか?」
気難しそうな大将の懐にあっという間に入り込んだので驚いた。大将も天野と話すのが楽しそうに見える。
「漫才が得意な女の子だってね」
「なんですか、漫才って~」
きっと彼女のエネルギーに触れるのが心地いいのだろう。確かに、話を聞いているだけで気分が明るくなる。
だが、そんな天野のオーラも寿司の味付けにはならなかった。
「はい、ではまず一皿目。コウイカの握りです」
手前の萩焼の角皿に光沢のない真珠を思わせる握りが置かれる。
「いっただっきま~す!」
天野が軽く醤油を付け早速頬張った。
自分も一つを摘まんで一口でいただく。
コシのある独特の食感と淡泊で上品な風味である。だが、そういう味なのだと分析できるだけ。まったく美味いと感じなかった。
十七歳のあの冬、家族四人での最後の晩餐以降、食事そのものが苦痛になっている。味わって食べる資格などないからだ。渚が死んだのは自分の責任だからだ。
脳裏に電話での妹との最後の会話が蘇った──




