現在
第五話開始!
近頃肌寒くなりアウターなしでは外出できなくなってきた。
料理ではシチューやポトフ、おでんなどの温かいものが恋しくなる。
さて、今週末の土曜日の夕食は何にしようかと考えていると、天野が電話で「今回は私に作らせてください!」と申し出て来た。
すでに交際前から習慣化していたのだが、土日のいずれかは自宅マンションで天野と夕食をともにする。近頃は一緒にキッチンに立つ機会も増えた。
とはいえ、天野はあくまで手伝いでメインで料理をしたことはまだない。
一抹の不安が過る。
「天野さんがですか?」
天野は「はい!」と頷いた。
「母の得意料理で私の大好物なんです。一度自分で作って、東海林先生に食べてもらいたかったんです。先生は原稿を書きながら待っていてくれればいいですから」
「ちなみになんという料理ですか?」
「それはできあがるまで内緒です! 何度か練習しましたし、失敗はありません!」
天野は不器用だがド根性で不可能を可能にする闘魂の持ち主だ。できるようになるまで決して諦めない。成功者はきっと皆この手のタイプなのだろう。
なら、一度任せてみようと頷く。遠足前日の子供のようにワクワクするのを感じた。こんな気持ちは何年ぶりだろう。
「では、お願いします。楽しみにしています」
そんなわけで今夜は天野がキッチンに立っている。もちろんエプロンはピンクのカピバラ柄だ。
途中まで見学するつもりだったのだが、「終わるまでキッチンに足を踏み入れるな」と、夕鶴の与ひょうさながらに追い出されてしまった。
しかし、見るなのタブーは古今東西の民話にあるように、守られないからこそ物語が進行するものだ。
怪我や火傷をしないか心配なのもあって、キッチンのドアをわずかに開け、隙間から様子をこっそり覗き込む。
聞き覚えのある鼻歌が聞こえる。確か天野が近頃ハマっているイケメンアイドルグループの曲だ。
そこに玉ねぎとおぼしき野菜を切る音が重なる。トン・トン・トンと早くはないがリズムがいい。つい手助けをしたくなるのをぐっと堪える。恋人というより親の気分だ。
天野はきっと微笑んで料理をしているのだろう。彼女は表情豊かだが笑顔が一番多い。
つられて自分も笑みを浮かべているのに湊は気付かなかった。
ただそこにいてくれるだけでこんなにも嬉しいものなのか。幸福になれるものなのか。
人生とはわからないものだ。天野と初めて顔を合わせた日には、こんな未来が来るなどとは想像してもいなかった──




