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イケメン推理小説家の今日の献立  作者: 東 万里央
第四話「餡かけチャーハンと焼き餃子」
63/85

ヘレン(1)

***


 対談から約一ヶ月後のだいぶ秋めいてきた頃。永夢は対談記事の掲載された月刊サンの見本誌と浅草名物揚げ饅頭を手にサンダース宅を訪れた。


「あっ」


 玄関前で足を止める。


 ハシバミ色の瞳の外国人女性が玄関前を箒で掃いていたからだ。以前も見かけたお隣の奥さんである。サンダースの飼い猫の白猫ワガハイがそのそばで大きなあくびをしていた。


 女性は衣替えをしたのか今日は月白色のパンツに長袖の藍白色のニットで、その白髪と和紙のように乾いて手触りのよさそうな肌によく似合っていた。


 喜びに満ち溢れた春や陽と命の力強い夏、厳しく精廉な冬よりも、落ち着きのある穏やかな秋が似合う人だ。


 彼女には年を重ねることでしか得られない気品と美しさがある。サンダースの好みど真ん中ではないだろうか。こうして掃除をしてくれるほどなのだから、サンダースを憎からず思っている気がするのだが。


 まさか、もう恋愛に発展している!? 再婚も間近か!?などと週刊誌の記者張りに邪推しつつ声を掛ける。


「こんにちわ」


 ハシバミ色の瞳が永夢を捉える。女性は優しく微笑んで軽く頭を下げた。


「アラ、コンニチワ。アマノサンデシタネ。オマチシテオリマシタ。イケナイ、ワガハイチャン、アソブノハアトニシマショウネ」


 見るとワガハイが女性の足にしきりに体をこすりつけている。なかなか懐かないと聞いていたので少々驚いた。


「ナカヘドウゾ。モウシュジンモオマチシテオリマスノデ」


 引き戸の手前まで行き、途中、ん?主人?と違和感のある単語に振り返ったが、そこにはもうワガハイの姿しかなかった。


「あれっ?」


 辺りを見回したが女性はどこにもいない。掃除を続けていたはずなのに、いつの間にか煙のように掻き消えている。


「ねえ、ワガハイ。あの人どこへ行っちゃったの? もう家に戻ったのかな」


 狐につままれた心境で腰を屈めてワガハイに尋ねる。するとワガハイはその金色の瞳をもう開けられていた引き戸に向けた。


 再びあれっ?と目を瞬かせる。


「さっきまで……閉まっていたよね?」


 お隣の奥さんの仕業ではない。永夢の背後にいたはずなので物理的に不可能だ。


 頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも、ひとまず永夢はサンダース宅に足を踏み入れた。


「サンダース先生、天野でーす! 見本誌と揚げ饅頭を持ってきました!」


 代々の家人が踏み締め、すっかり黒ずんだ廊下を突っ切って永夢の声が響き渡る。まもなくこだまのようにサンダースが応じた。


「縁側の部屋へどうゾ~! ただ今作業中でしテ~!」


 はて、何をしているのだろうか。


 百物語の間へ向かい襖を開けて目を見開く。畳一面にアルバムや写真が広げられていたからだ。先月の対談の際撮影したばかりで、のちに東海林にもデータとともに配った写真もあれば、相当年月が経って黄ばんだものもある。


 サンダースはその中央に座り込んで写真の整理をしていた。


「古い写真には虫がつくことがあるので、先日殺虫剤を掛けたんデス」


 その後縁側で陽の光で干してにおいを取り、現在もとのアルバムに閉まっている最中なのだとか。


「手伝いますか?」


「オウ、ぜひお願いしまス。すべての写真の裏に年月日をメモしているので、その順に並べていただけれバ」


「かしこまりました~! あっ、これ、お土産です」


 サンダースの顔がパッと輝く。


「ここの揚げ饅頭大好きデス! ちょっとまってくだサイ。ちょうど三時ですしおやつを先にしまショウ。お茶を入れてきますのデ」


「お願いしま~す!」


 サンダースが百物語の間から出ていくのを見送り、畳の上に腰を下ろして手をつき無数の写真を眺める。


 サンダースの写真はほとんどがその妻ヘレンとおぼしき女性と写ったものだった。


 最も古そうな写真はまだ赤ん坊のサンダースとナニーだった頃のヘレン。おくるみに包まれた赤ん坊のサンダースは西洋の絵画の天使並みに可愛かった。


 光に溶け込んでしまいそうな淡い金の巻き毛といい、天の空の色をそのまま映したような澄んだ青の瞳といい、柔らかなカーブを描いた頬のラインといい、白い肌とサクランボ色のぷるんとした唇といい、可愛さとは世界における絶対的な正義なのだと認めざるを得ない。


 そのサンダースを二十代のヘレンがソファに腰を下ろして抱いている。サファイアブルーのワンピース姿だった。


 サンダースを見下ろす彼女は若く美しくその眼差しは慈悲深く、ラファエロの油絵の聖母マリアを連想させた。きっと聖母子像のモデルもこんな母子だったのだろう。


「サンダース先生かヘレンさんを好きになったわけ、わかっちゃうなあ……」


 思わず溜め息を吐く。


 それにしても、若き頃のヘレンは見知った誰かに似ている気がした。しかも、つい最近会ったことがあるような──


「お待たせしまシタ」


 答えがあと一歩で出そうになったところで、サンダースが盆を手に障子を開けた。


「ささ、どうゾ。今日は玄米茶デス。写真を眺めながらでもいいですヨ」


「サンダース先生、奥さんを自慢したいんでしょう?」


「アハハ、バレちゃいましたネ」


 サンダースは一枚一枚写真を解説してくれた。


「これは教会での結婚式の写真デス。お金がなくて大変でしたネ」


 サンダースはダークブルーのスーツ。ヘレンはアイボリーのシンプルなドレスだ。もう若くはない。なのに、愛し愛されているからか、花嫁のヘレンは誰よりも美しかった。


 二人きりの結婚式だったのだという。写真は牧師が撮ってくれたらしい。


「いいなあ……」


 思わず溜め息が漏れ出る。

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