渚(1)
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お土産のビールはちょっと踏ん張って七福神の一神が鎮座する某プレミアムビールを買った。
前と同じようにと言い聞かせ、東海林のマンションを訪ねる。インターフォンのボタンを押すとすぐにドアが開けられた。
「いらっしゃい」
東海林の笑顔に緊張して立ち竦む。
「お邪魔します……」
だが、キッチンに足を踏み入れると、すぐに気持ちが和らぐのを感じた。
キッチンには各家庭のにおいがある。永夢は東海林宅のキッチンのにおいが好きだった。
実家と同じくいつも料理をした痕跡がある。シンクの使用済みの調理器具や、壁に染み込んだサラダ油や醤油のにおいや、調理台の片隅に置かれた雑巾。それらは家庭のぬくもりの象徴でもあった。
東海林がエプロンの紐を結びながら永夢を振り返る。もちろん、東海林愛用のカピバラ柄のものだ。クールな佇まいの東海林にすでにしっくり馴染んでいるので笑いそうになった。
「ビールは冷凍庫に入れておいてくれませんか。直前までキンキンに冷やしておきましょう」
「あっ、はい」
永夢も借りたエプロンを身に着ける。
調理台にはすでにボウルに漏られた餃子のタネが置かれている。今晩焼いて食べる分に加えて冷凍用にも包むらしい。手伝いのお礼に永夢にも持たせてくれるのだという。実家のお母さんみたいだとおかしくなった。
東海林はラップ上に並べた餃子の皮の中央に、スプーンでタネを手早く入れていった。一見適当なのに量が見事に均一になっている。
「皮が乾燥してしまうので、二十個ずつ包んでいきましょう」
「はいっ!」
永夢の脳内で謎のブライダル司会者が「おふたりの初めての共同作業です!」と高らかに告げる。永夢は一人照れつつも危なっかしい手つきで餃子を包んでいった。
東海林と一緒にいるとご飯を食べるだけではない。苦手な料理も楽しかった。
「東海林先生は餃子に白菜を入れるんですね。私の実家ではキャベツです」
「各家庭によるんでしょうね。ニンニクも入っているのですが大丈夫ですか?」
「ニンニクもニラも大好きです! 吸血鬼に襲われる心配はないですね」
不器用な永夢に比べて東海林の腕前はプロ並みだった。スピーディかつ丁寧で均一な仕上がりである。餃子包み選手権があれば一位を取れそうだった。
「東海林先生すごくうまいですね。実家で手伝っていたんですか?」
「ええ。母の方針で受験以外の時期には手伝っていました」
東海林から家族の話題が出たのは初めてだ。永夢は今しかないと意を決して口を開いた。心臓が耳で聞こえそうなほど早鐘を打っていた。
「渚さんも一緒にですか?」
東海林がはっとして隣の永夢を見下ろす。永夢も真っ直ぐに東海林を見返した。目を逸らしてはいけないと思った。
「……ごめんなさい。渚さんの事件のこと聞きました。私が無理に響子さんに頼んだんです」
あなたのことをもっと知りたくて、あなたに近付きたくてとは言えなかった。
もう、私の意気地なし!と脳内で自分を罵る間に黒に近い濃い茶の双眸が細められる。
「先日、響子さんからも天野さんに打ち明けたと聞きました。渚の件については公言してはいないですが、隠しているわけでもありません。だから、大丈夫ですよ」
春の晴れた日の海のように穏やかな眼差しだった。犯人や理不尽な世の中への憎悪は見受けられない。
「渚さんは……どんな人でしたか?」




