失恋しちゃえ
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一体、サンダース宅のあの女性は何者だったのだろう。帰りには見かけなかったが、お節介なお隣の奥さんがついでに掃除をしていたのだろうか。
いや、今はそんなことよりも重大な問題があった。
永夢はテーブルの上のスマホを見下ろした。
昼食時の青雲館最寄り駅近くの某イタリアンファミレスは、サラリーマンやOL、ご近所のマンションに暮らす人妻で一杯だ。
きっと順番待ちの来店客も多いのだろう。とっとと食事を済ませて席を空けなければならない。だが、まだ椅子を立つ気にはなれなかった。
対談から数日が経ち明日は誘われた土曜日。そしてもう金曜日の昼食時だというのに、まだ東海林に返事をしていない。うだうだしている時間はないのに。急かされないだけになおさら焦る。
ラインのトークルームのメッセージ欄には「餃子の件わかりました! ビール持って手伝いに行きますね」と打ってある。だが、最後の送信ボタンを押せていない。
なぜらしくもなくこうも躊躇うのか。サンダースの言葉に励まされ、怖がらずに向き合おうと決めたのに。
「あ~、もう!」
自分自身がもどかしくフリードリンクのコーラを飲み干す。すっかり氷は溶け水っぽくなっていた。
ところが、ヤケクソ気味に一気飲みしたからか、気管に入ってしまい堪らず目を閉じ思い切りむせる。いかん、このままでは日本のマーライオンになってしまう──焦りから口を押さえるとなおさら吐き出したくなる。
ところが、もうダメだと観念した次の瞬間、不意に何者かに背を優しく擦られた。
「……っ」
どうやら見かねた誰かが落ち着くのを手伝ってくれているようだ。おかげで一、二分もすると咳も収まり、礼を言おうと顔を上げると、三上が笑って自分を見下ろしていたので驚いた。
相変わらず完璧なスーツスタイルとメイクだ。
「ありがとうござ……あれっ、三上さん」
「外から永夢ちゃんが見えたから。相席いい?」
「はい、もちろんです。三上さんとご飯食べるの久しぶりですね。あっ、お礼にピザどうですか? チーズを二倍にしてもらったんですよ~」
「そうねえ、一切れもらおうかしら」
「どうぞどうぞ」
ピザの皿をテーブル中央に押し出し、同時にスマホの画面が目に入って真っ青になった。
「……!?」
いつの間にか送信ボタンが押されてたのだ。
「えっ、やだ。嘘っ」
慌てて送信を取り消そうとしたのだが、すでに既読となっておりもう手遅れだった。
「あら、永夢ちゃん、どうしたの?」
「えっと、その……」
むせた際スマホの画面には手を触れていなかったはずなのに、なぜメッセージが勝手に送信されていたのかと首を傾げる。弾みで指先が接触したのか。
いずれにせよ、今更「やっぱりナシで」というわけにはいかないだろう。
「な、なんでもありません……」
直後に、東海林から電話が掛かってきたのでビクリとする。
どうしよう、どうしたらいいのかとワタワタしてしまった。
三上がにっこりと笑って永夢に促す。美しく、優しく、人のいい微笑みだった。
「電話? 私がここにいるから席は大丈夫よ。行ってらっしゃい」
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします……」
永夢は三上に頭を下げスマホを手に店の外に出た。
今日中には返事をしなければならなかったのだから、結局同じことだったのだと自分に言い聞かせる。そして、覚悟を決めて電話に出た。
「もしもし――」
永夢の背を見送り三上はピザを一切れ摘まんだ。
パクリと一口食べ「……ざまあみろ」と呟く。
「あんたも失恋しちゃえ」




