比翼連理
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こうして二時間を掛けて無事(?)対談は終了。プロのファシリテーターをして「予定外だらけで面白かった」と言わしめる内容となった。
もっとも、永夢の脳裏にはサンダースの超熟女専がもっとも色濃く焼き付いたのだが──
その後、百物語の間の片付けと掃除を手伝った。
サンダースから雑巾を借り、腰を落として縁側を端から端まで拭く。調子に乗ってスピードを上げると、途中、なぜかワガハイが隣に並んで走りレースになってしまった。なかなかにいい勝負だったので互いをライバルと認め合う。
すでにカメラマンとファシリテーター、東海林の姿はどこにもない。
東海林とは最寄り駅まで一緒に帰る予定だったのだが、急用ができたからと終わるなり出て行ってしまった。
なんでも対談の最中に響子から留守電が入っており、掛け直したところすぐに来てと呼び出されたのだという。廊下で声を潜めて話していたが、東海林には珍しく焦った口調だった。
『さすがに早いですよ。彼女もまだ……。いや、待って。待ってください。……わかりました! すぐ参ります!』
姐さんにコキ使われる舎弟のようだと思ったのはナイショだ。
なんにせよ、これで帰り道で餃子の具を皮に包むか否かと迫られることはない。意図を計りかねていただけに少々ほっとしていた。とはいえ、近いうちに返事をしなければならないと思うと、らしくもなく胃がキリキリ痛む。
「天野さん、もういいですヨ。お茶にしましょう」
「あっ、はい」
サンダースに声を掛けられ手を止め、二人縁側に並んで腰を下ろす。ワガハイがサンダースの膝の上にのそりと乗った。一瞬、尻尾が二本見えた気がして思わず目を擦る。
「……!?」
「どうしましたカ?」
「あっ、いえ、なんでもありません」
そう、猫又などが現実に存在するはずがないのだ。今日は東海林に謎の誘いを受けたり、衝撃の対談内容に度肝を抜かれたりで、疲れて幻を見たに違いなかった。
気を取り直してほどよく冷やされた日本茶を飲む。
「まだちょっと暑いからでしょうか。冷たいものが美味しいです」
「東京も温暖化ですネ。江戸時代にはこの頃には大分涼しくなっていたと聞いたことがあるのですガ」
ふと、このお茶はあの家政婦が入れたくれたのかと首を傾げる。そういえば掃除の手伝いにも来なかったが、パートの時間が終わり帰ったのだろうか。
対談中にサンダースには二回り近く年の離れた妻がいると聞き、途中まではその妻を家政婦と勘違いしていたのかと考えていた。しかし、玄関を掃いていた女性は年配だったものの、まだ七十代には見えなかった。きっともう十歳ほど若い。
サンダースは現在四十六歳。妻は七十歳間近のはずだ。ということは彼女はサンダースの妻ではない。
「サンダース先生、あの家政婦の方はいつも何時までお勤めなんですか?」
「家政婦? 家政婦は雇ってはいませんヨ。小さな家ですし私一人で十分でス」
混乱して目を瞬かせる。では、あの外国人女性は何者だったのか。
「じゃあ、奥様は……」
まだ青い楓の木が夏とも秋ともつかぬ生ぬるい風にそよぐ。
サンダースは見えないを何かを見ようとするかのように切なげに目を細めた。
「……妻はもう亡くなっていまス」
「ええっ!?」
対談ではまるで生きているように語っていたから、そうだとばかり思い込んでいたので驚く。
サンダースは苦笑しつつ膝の上のワガハイをそっと撫でた。
「もう十年前になりますカ……。時が経つのは早いものデス。十八年しか一緒にいられなかっタ」
日本への渡航が決まった直後にサンダースの妻、ヘレンに不治の病が発症し、頑張ったものの半年後に亡くなったのだという。
「あんなふうに話したのはヘレンはまだこの世に留まっていると信じているカラ。結婚する時に誓い合ったのデス。万が一どちらかが先立っても天国には行かナイ。もう一人の命が尽きる時までそばで待っているト。比翼連理という言葉があるでしょウ?」
比翼とは雌雄でそれぞれが目が一つ、翼が一つのため、常に二羽一体となって飛ばなければならない比翼の鳥。連理とは二つの木の枝が繋がって一つになった連理の枝だ。転じて、比翼連理は男女のかたい絆を意味する。
「片翼では天国まで飛べませんカラ」
「サンダース先生……」
サンダースはヘレンを深く愛していたのだろう。そして、ヘレンも。
死別という結果で終わっても、人生をかけて愛し合った相手がいる──永夢にはそれがひどく羨ましく思えた。
同時に、寂しくはなかったのかと首を傾げる。例えばヘレンに似た他の誰かに靡いたことはなかったのだろうか。
なんとなく答えを知るのが怖い。それでも聞かずにはいられなかった。
「その、再婚を考えたことは……好みの女性はいなかったんですか?」
サンダースはアハハと笑った。
「まあ、私も男ですからネ。時々ヘレンに似た女性を見かけるとドキリとします。でも、やはりヘレンは一人しかいまセン。代わりになる人なんていませんヨ。ヘレンだけではありません。私自身も、天野さんも、東海林さんもデス」
薄い青の穏やかな目が永夢に向けられる。悲しみを知るからこそ優しい眼差しだった。
「忙しかったり、不安だったりすると忘れがちですよネ。だけど、時々思い出すだけでイイ。天野さん、あなたもこの世でたった一人のかけがえのない人ダ。私にとっても、きっと東海林さんにとってもデス」




