縁側とインタビュー(4)
『新人の方なのに悪いとは思いながらも、天野さんに引退したいと伝えるつもりだったのです。ところが、次にお会いして打ち合わせをした際、そう提案されたので度肝を抜かれました』
「……」
永夢はそうだったのかと背筋に冷や汗を流した。空気の読めなさが結果的に東海林を引き止めることになっていたとは。
『ミステリーとは基本的には推理を楽しむものだと認識していましたから、頭を使わないとはどういうことなのかとしばし悩みました』
永夢は東海林にこうアドバイスしたのだという。
『東海林先生の作品はいわば会席料理かフレンチのフルコースみたいなものです。お高いし美味しいし栄養たっぷり。でも、毎日ご飯がそれだと逆に辛いでしょう』
『は、はあ……』
『人間、ジャンクなものも食べたいんですよ。ハンバーガーとポテトとコーラ!みたいな。ああ言う食べ物って野菜とかアイスをキメてトリップしたみたいな、"ムッ! こ、この味は……! 薄汚れた都会の語彙ではなんと言っていいのかわからない素晴らしいナンとかソースの風味が、カンとかのフンワリしながらもジューシィな身の食感と素晴らしいマリアージュとなっている! おお、これぞまさに神の味わうべき天国の美味!"……って感じの食レポはいらないでしょう』
ちなみに、野菜とは大麻、アイスとは覚醒剤の隠語である。いずれも東海林の警視庁もので覚えた単語だった。
『うまい!の一言で十分だし、友だちと一緒に食べればもっと美味しくなりますよね。そんな小説です』
『それではライトノベルになってしまうのでは……』
『いいえ、東海林先生でしたらなりません。裏打ちされているものが違います』
永夢は確信をもってそう頷いたのだという。
『これは私見なんですけど、会席料理やフレンチの料理人はハンバーガーも作れると思うんです。それもハンバーガーしか作れない人よりも、ずっと美味しいハンバーガーです。本格派を知っているからこそジャンクも美味しく料理できる』
その言葉には妙に説得力があった。
『一度そんな作品作りをしてみませんか。面白い、楽しい、殺人事件があったのに最後には笑っちゃうようなミステリーを書いてみませんか。あっ、主人公はイケメンにしてくださいね! プラス、相棒か最初の犯人は美女で。これだけでかなり受けがよくなるんですよホント』
その後強引に舞台やキャラクターの設定の話に持ち込まれ、断るに断れなくなったのだという。
辞めることはいつでもできる。ならば、最後に純粋に楽しいと思える小説を書いてみよう──そう思ったのだとか。
『ですが、何が楽しいかなど見当もつきませんでした。そうした思考で生きていなかったからでしょうね。だから、まず目の前のこの人を笑わせてみよう、そう思ったんです』
『笑わせてみようではなく、笑顔を見たいでハ?』
サンダースが意味ありげにくすくすと笑う。
『でも、わかる気がしまス。天野さんは笑った顔を見たくなりますネ。あの人は笑わせるのもうまくありませんカ』
『ええ、うまいですね。天野さんと話し終わる頃にはいつも笑顔になっています』
『天野さんは自分がピエロになっても、決して人を笑い者にはしないんですヨ。私は彼女のそうしたところを信頼していましテ』
『私もです』
「……」
褒め過ぎだとこそばゆくなってモジモジしてしまう。東海林とサンダースがそんなふうに思ってくれていたとはと嬉しくなった。
『だから、神楽シリーズがあるのは天野さんのおかげなのです』
『なるほど、お二人の担当の編集者の方が神楽シリーズの陰の功労者だったのですね』
『人気作になっていますよネ。私は以前小説サンに掲載された、湖畔の別荘を舞台にした殺人事件の犯人の女性が大変好みでス。早く短編集に収録されてほしいですネ』
『未亡人の外国人女性でしたね。ですが、確か……』
ファシリテーターが言葉を濁す。
くだんの短編の犯人の未亡人はイギリス人女性。国際結婚し、早世した日本画家の夫を生涯深く愛していたがゆえに、その夫が愛でた風景を破壊しようとした政治家と癒着した建設業者社長、更にその秘書を離れ業のトリックで殺害したのだ。
一途な純愛と深い思いゆえの狂気のコントラストの描写が素晴らしかった。
しかし。
『犯人の女性は確か七十三歳では……』
そう、犯人の女性は七十代の女性だったのだ。
『そこがいいんじゃありませんカ!』
サンダースが力説する。
『年を重ねた女性ほど魅力的な存在はありませン。人生の酸いも甘いも噛み分け、それでいて時折少女のような可愛らしさを見せル……。私の妻も年上なんですよ。幼い頃ナニーだったのデス。初恋の人であり永遠の女性でス』
はて、ナニーとはとスマホでググってみたのだが、日本語では乳母にあたるようだ。イギリスの富裕層の習慣らしい。母親に代わって子育てをし、身の回りの世話だけではなく躾けもする。
おい、ちょっと待てと首を捻る。
サンダースのナニーということは──
東海林も永夢と同じ思いだったのだろう。恐る恐ると言った風に口を挟んだ。
『サンダース先生、その、奥様は……』
サンダースは横顔に満面の笑みを浮かべた。
『ハイ。私と妻の年の差は二十ニ歳デス。初めてプロポーズした時は六歳だったからか、全然相手にしてもらえませんでしたネ。二十歳の頃にやっとオーケーの返事をもらいましタ。いやあ、十四年かかりましたヨ』
──サンダースは超熟女専だったのだ。




