縁側とインタビュー(2)
『それではこれまでを振り返りながら、小説家を目指した動機を語ってください。まずサンダース先生』
『ハイ。実は私はイギリスでは結構いい家の出身なんです。実家はロンドンと地方それぞれに屋敷がありましテ、祖父の趣味でどちらにも大きな図書室があったんデス。そこで小泉八雲の怪談の英訳版を読んだことがきっかけデ、日本文学の研究の道に進みたいと思うようになりましタ』
なぬ。初耳だとぎょっとする。サンダースの事前の回答にそんな内容は含まれていなかった。
『タウンハウスとカントリーハウス、あるいはマナーハウスですか?』
『さすが東海林先生、よくご存知デ』
タウンハウスとはイギリスにおける貴族や富裕層の都市部の社交用の住居。カントリーハウスとは貴族やジェントリの先祖代々の本拠地の領地に建てられた邸宅なのだとか。ちなみに、邸宅をカントリーハウスと名乗らせる条件は十九世紀以前であれば、四平方キロメートル以上の土地を所持していなければならなかったそうだ。
とんでもない広さである。
『ということは、サンダース先生は……』
『はい。昔はイングランド貴族でしタ。ですが、妻に婿入りしまして今はタダの人デス。サンダースは妻の姓なんですヨ』
いや、タダの人ではないだろとツッコミたくなるのをぐっと堪える。
サンダースは貴族の血を引いているどころか、なんと長男で跡取りだったらしい。だが、向いていなかったので爵位も財産も従弟に譲ったのだとか。
とんでもない出身もだがサンダースが結婚していたのにも驚いた。自由気ままに飄々と生きている雰囲気から、今までてっきり独身だと思い込んでいたのだ。
それに、サンダース宅で妻と鉢合わせたこともなければ、女性が同居している気配もまったくない。
イギリスに残してきたのだろうか。欧米人に単身赴任はほとんど有り得ず、必ず妻を伴うと聞いたことがあるのだが──
衝撃の連続のあまり永夢の脳内に星条旗が翻る。違う。これはアメリカ国旗だ。トリコロール。これはフランス国旗だ。イギリス国旗ってどんな柄だったっけと首を捻る間に対談は進んでいった。
『ご家族に反対はされなかったのですか?』
『いやあ、無茶苦茶反対されましたヨ。ですが、私の人生は私と妻のものですカラ。最後はもう妻と駆け落ちして強行突破デス。勘当されちゃいましたネ、アハハ』
アハハじゃねえよとやはり心の中でツッコんでしまった。
とはいえ、面白い。聞いているだけの永夢もワクワクしてきた。対談では思いがけないことが起きるとは聞いていたのだが──
『日本文学の研究からご自分でも書いてみたいと感じるようになったのですか?』
『はい。妻にも勧められましテ。彼女は私のパートナーであるだけではなく、この道に導いてくれた恩人なのデス』
『いやあ、思いがけないサンダース先生のご出身に驚きました。それに、結婚されていたとは』
『……私も知りませんでした。奥様について後で詳しくお聞きしたいですね』
東海林はなぜか汚物を見るような目をサンダースに向けている。サンダースは気付いているのかいないのか呑気に笑っていた。
ファシリテーターが東海林に話を振る。
『東海林先生のご実家やきっかけはいかがでしょう。もちろん、答えいただける範囲で構いません』
『僕は高校まで至って普通でしたね。特別な夢はありませんでした。ああ、寝ていても稼げる仕事につきたかったですね。食っちゃ寝こそ人類の至福でしょう』
サンダースとファシリテーターが笑い声を上げる。
『まあ、こんなありさまだったので、警察を退職間際まで小説家になろうなどと考えたこともなかったんです』
『いやいや、普通で東大は入れないでしょう。人気小説家になることも』
ファシリテーターのこのツッコミには永夢もウンウンと頷いた。
『記憶力と処理能力が多少高いだけですよ。結局、父の影響で警察官を目指し、警察庁に採用されることになりました』
永夢は東海林が家庭環境や渚については触れず、さらりと流したことにほっとした。対談に引っ張り出したものの、ネガティブな見世物になってほしくはなかったのだ。
『その後警視庁に配属されたのですよね。そちらではどのようなお仕事を……。ドラマや映画などではキャリア組の刑事も登場しますよね』
『あれはフィクションだけの話です。実際にはキャリア組ですとほとんどが事務方に回ります。花形と呼ばれる捜査一課に至ってはキャリア組は一人。それも管理に回り現場に出ることはほとんどありません。だから、ミステリーで捜査に回されるキャリア組というのは、大体何かやらかして脛に傷を持っているでしょう。それで飛ばされた、あるいは閑職に回され、自由に動ける設定にして……』
『なるほど。ということは、ドロドロの腐乱死体やバラバラ殺人事件に遭遇したことハ……』
『ないとは言いません。初めの一年は研修の一環で現場に出ることもありましたから。事件にまったく関わらないわけでもない。私がいたわずか八年間で何件のむごい事件があったか。……なんの罪もない若者や子どもが殺されることも珍しくはない』
東海林はそこで言葉を切った。膝の上のワガハイの背を撫でる。ワガハイは気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。
『当然、被害者を手に掛けた犯人を知ることにもなります。動機には呆れるほどくだらないものもあれば、身勝手なものも、同情するものもあり、根本的な原因は不幸な生い立ちにあったりすることも……』
黒に近い濃い茶の瞳に影が落ちたのを感じる。
『……何を憎めばいいのかわからなくなります。それらの処理を法の番人として仕事だ、昇進のためだと割り切れるほど私は器用ではなかったのでしょうね。胸に澱がどんどん溜まっていきました。だから、書こうと思ったんです』




