下町歩きとカステラ焼き(4)
某名探偵コナ○のベタ塗り犯人さながらにわたわたしたものの、高岡との約束は編集者魂に掛けて守らなければならない。カステラ焼きとともに動揺を胃袋へ送り込む。
「もっ……黙秘しますっ!」
すでに前科一犯の気分だった。
東海林の取り調べはなおも続く。
「もう一点。高岡先生に何か美味しいものを食べさせてもらっていませんか? それまで天野さんが口にしたことのないようなものです」
「……!」
確かに、恐らく松コースの会席料理で買収されている。なんだこの無駄に高い推理力はと息を呑んだ。
それでも全理性を振り絞って表情を無にして耐える。
「申し訳ございませんっ……! 何もお答えできませんっ……!」
歩きながらの取り調べはサンダースの自宅前まで続いたが、永夢はその十五分未満が永遠にも思えた。
妖怪屋敷の黒光りのする格子戸の玄関が見えた時には、時効で逃げ切った犯人の心境が理解できたものだ。
「東海林先生、ほらっ、もう時間がありませんし、あとにしましょうあとに!」
永夢の言葉にようやく東海林の足が止まる。
「先生?」
東海林はなぜか永夢を視界に入れようとはしなかった。目前のサンダース宅の格子戸から目を逸らさない。
「……天野さんが最近食事を断る理由は新たな推しアイドル、あるいは好きな男性ができたのかと」
「えっ?」
「高岡先生の話をする時にはひどく嬉しそうだったでしょう。きっと高岡先生は天野さんの好みの方なのだろうと」
らしくもないどこか拗ねたような口調。
「だったら、今まで無理に誘って悪いことをしたかと思いまして……」
ここに至って永夢はようやく悟る。
東海林は永夢が高岡に異性として首ったけだと勘違いしているのだ。
確かに高岡はかつての最推しだったがすでに人夫だ。恋愛など有り得ないし相手にもされないだろう。入れ込んではいるものの小説家としてでしかない。
それにしても、いつの間にやら自分の異性の好みだけではなく、餌付けに弱い生態まで把握されているとはさすがは元警視は恐るべしである。
だが、なぜそこまで自分が気になるのか──
永夢ははっとして東海林の端整な横顔を見上げた。唇の端がわずかに下がって、表情も拗ねている気がする。
まさか、放っておかれて拗ねている? 高岡に妬いている?
東海林も同じタイミングで永夢を見下ろした。視線がぶつかり心臓がドキリと鳴る。
「……」
東海林は無言で永夢に残りのカステラ焼きを押し付けた。
「あっ、あの、東海林先生?」
「あとは食べてください」
腰を屈め永夢の目を覗き込む。黒に近い濃い茶の瞳がすぐそばにあった。
「天野さん」
「は、はいっ!」
「今度の土曜日餃子を作ろうと思っているんです」
「……?」
脈絡がなさ過ぎてどう反応していいのかわからない。
東海林は戸惑う永夢から目を逸らさずに言葉を続けた。
「皮に具を一緒に包んで貰えませんか」
「へっ?」
意味不明過ぎて脳内に宇宙が広がる。月ではウサギがモチをついていた。二十一世紀だからかウスとキネではなく全自動餅つき機を使っていたが。
果たしてこの一言をどう解釈すべきなのか。「君の作った味噌汁が飲みたい」なら古のプロポーズの言葉だと聞いたことがあるのだが──いずれにせよ、悪い印象はないどころかなぜか頬が火照る。
どう答えていいのかわからず「あの、えっと……」としか言えない。初恋を覚えたての幼稚園児のようにモジモジしてしまう。
東海林の眼差しが真剣なだけに困り果てていると、格子戸の開けられる音がして、女性が一人箒を手に現れた。すぐに永夢たちに気付き首を傾げる。
「アー、ダレ……ドチラサマデスカ?」
英語の訛りのあるたどたどしい日本語──ハシバミ色の瞳の外国人女性だった。
年齢は六十歳を越えたくらい。後頭部でまとめた髪のほとんどは白くなっていたが、ところどころに茶髪も混じっている。シンプルなブラウスに濃紺のスカートを履き箒を手にしていた。
サンダース家には何度も通っているのに見たことのない顔だ。家政婦だろうか。日本在住の富裕層の外国人は母国語のできる使用人を雇うと聞いたことがある。
永夢より先に東海林が姿勢を正して答える。
「失礼しました。今日サンダース先生と対談のお約束をしておりました東海林です。こちらは担当編集者の天野さん」
女性は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「アア、ハイ。キイテオリマス。ナカヘドウゾ。カメラマンサントスタッフサンモモウキテマス」
思い掛けない助け船が入り永夢はほっと胸を撫で下ろした。ところが、東海林が門を潜る間際に振り返り、また腰を屈めて耳打ちされたのでドキリとする。
少し掠れた重低音のイケボと熱い吐息が永夢の耳を擽った。
「返事、待っています」
「~~っ」




