下町歩きとカステラ焼(2)
ということは、これから約十五分東海林と二人きりということになる。嬉しいやら、気まずいやら、複雑な思いに駆られていると、東海林がふと永夢の足元に目を向けた。
「……?」
釣られて目を落としてはっとする。ヒールのある靴ではないのか確かめているのだ。
「気付かずに申し訳ございません。天野さんの靴は……」
ちょっとした気遣いにも胸がキュンとして、我ながらチョロいぜと内心苦笑するしかない。
「あっ、はい。大丈夫です。この通りスニーカーなので」
出版社の授賞式や出版記念パーティー、謝恩会などではさすがにスーツにパンプスだが、それ以外の仕事では歩きやすさ……というよりは走りやすさ重視でスニーカーだ。
東海林はくすりと笑って目を細めた。
「天野さんらしいですね」
「……? そうですか?」
「はい、安心しました」
そのまま二人で下道を歩いて行く。
何を話していいのかわからない。だが、黙り込んでいるなど社会人失格だ。話題を捻り出そうとウンウン唸っていると、不意に東海林に声を掛けられた。
「先日は高岡先生の処女作を送っていただきありがとうございました」
以前電話で今日の対談の打ち合わせをした際、高岡執筆の「蛍殺し」が気になると言っていたので、ぜひどうぞと初版の配送を手配していた。
「感想はいかがでしたかっ?」
気まずさも忘れつい鼻息荒く詰め寄ってしまう。
「内側から光を放つような文章でした。故郷をみずからの手で破壊しようとする主人公の内面描写が生々しかったですね。それが蛍の乱れ飛ぶ幻想的な風景と対照的でした」
まったく同じことを考えていたので、すっかり嬉しくなって何度も頷く。つい熱くなって語ってしまった。
「そこが高岡先生のすごいところで、詩みたいに綺麗な文章じゃないですか。純文学っぽいところがあるというか。でも、ライト文芸みたいに読みやすくて……」
だから、小説を読み慣れた層にもライトユーザー層にも、つまり老若男女に訴求しやすい。
「重版が掛かったそうですね」
「はい、重版分から帯が替わって、書店が積極的になってくれて」
思わず笑みがこぼれる。
あの後MUSASHIの沖田勇と連絡を取ったところ、事務所も乗り気になり共同での販促の企画がスタートした。
その頃決まった重版に合わせてPOPと帯を刷新。なんと帯には沖田勇の推薦文を入れることになった。更に近々都内の大型書店でイベントが開催されるだけではなく、MUSASHIが出演するバラエティ番組で紹介してくれるのだとか。
永夢はこの雰囲気に覚えがあった。恐らくこのまま売上が順調に伸びれば、ドラマ化、ないしは映画化の候補作にするつもりではないか。
高岡の処女作の重版は本人だけではなく永夢にとっても大きな意味があった。
高岡は初めて一から自分で担当した小説家だったからだ。東海林を含めて現在抱える小説家のほとんどが前任からの引き継ぎだ。そもそも書籍担当としては異例のニ年目からの抜擢で、まだまだひよっ子なので当然なのだが。
ようやく編集者と名乗れる気がした。それ以上に高岡にまた堂々と依頼できるのが嬉しい。
「……高岡先生が羨ましいですね」
東海林が前を見たままぽつりと呟く。その横顔はニコリともしていなかった。二人で食事をするようになってからは大分表情豊かになっていたので戸惑う。
「いやいや、東海林先生はほぼ全作品重版しているじゃないですか」
「そういうことではなく」
東海林は足を止め永夢を見下ろした。その眼差しにドキリとする。




