下町歩きとカステラ焼(1)
その後編集長も経費がかからない上に面白いと許可を出し、サンダース宅での対談が実現することとなったのだが──
永夢は腕時計に目を落とした。午後二時四十分。そろそろ東海林との約束の時間だ。
今日の対談には永夢も立ち会うことになっており、浅草駅前で東海林と待ち合わせている。
東海林曰く、くだんの妖怪屋敷には駐車場がなく車で行けない上に、道が入り組んだところにあるので慣れていない者にはわかりにくい。だから、電車で向かうので駅から先は徒歩で道案内をしてくれと頼まれていたのだ。
だが、浅草駅からサンダース宅までは歩きで十五分はかかる。それに、東海林は方向音痴ではなかったはずだ。それでも道に慣れていないのというのなら、地元のタクシーを使えば一発で解決である。なぜ道案内が必要なのかと首を傾げた。
とはいえ、理由がなんであれドル箱小説家には頭を垂れてつくばって平伏するのが常識である。結局、へへーかしこまりました無ざんさ……東海林様と引き受けた。
平日だが地下から階段を上った先の出口では、自分と同じ待ち合わせらしき女性が何人かいる。相手は彼氏か? 彼氏なのか? そうなんだな?──などと心の中でハンカチをキリキリ噛み締めていると、背後から「天野さん」と名前を呼ばれてドキリとした。
もう一つの緊張の理由がやってきたのだ。
「申し訳ございません。驚かせてしまいましたか」
恐る恐る振り返る。
あまり構えないファッションでと頼んでいたのが、黒いテーパードパンツに同色のVネックのTシャツ、軽めのデニムジャケットと東海林らしい着こなしをしていた。
着こなしといっても本人はその辺にあるものを引っかけてきただけだろうが。なのに、素敵に見えるのが小憎らしい。
「お久しぶりです!」
慌てて一八〇の角度でお辞儀をし、顔を上げるなりまた心臓がドキリと鳴った。東海林があの黒に近い濃い茶の瞳でじっと自分を見つめていたからだ。
「髪型を変えたんですね」
「あっ……はい」
気付いてくれたんだと胸が一杯になる。同時に、写真の渚のように下ろしてほしかったのだろうかと不安にもなった。
永夢はこの一ヶ月でかつてないほどイメージチェンジに頑張った。渚と自分が似ていたと知ってショックを受けたからだ。たとえ、それが東海林の心の安らぎになっていたとしても、一人の女性として見てほしかっただけにダメージが大きかった。
だからその間、東海林に食事に誘われても、仕事に支障のない範囲で遠回しに断っている。以前のように家に上がるような付き合いはしていない。できない。
なのに、いざ東海林に会うとなると、気張ってしまうのが女心、惚れた弱みなのだろうか。
今日は長い髪を緩い三つ編みに編んでいる。メイクもちゃんとした。服もフリルのあしらわれた白いブラウスにベージュのフレアスカートと可愛めにした。
東海林はしばし永夢を見下ろしていたが、やがて唇の端にふと笑みを浮かべた。
「お団子も可愛かったですが、そちらもよく似合っています」
「……!」
初めて聞く「可愛い」に舞い上がってしまう。「私が撮影されるわけじゃないんですけどね」と自分の気持ちを笑って誤魔化した。
「それで東海林先生、どうします? よければ地元のタクシー業者さんを呼んで……」
東海林はいいえと首を振った。浅草駅の出口に目を向ける。
「一緒に歩いて行きましょう」




