衝撃二連荘
***
昨夜は衝撃の事実を聞き、胸が痛んで夜も眠れない──はずだったのだが、いつの間にか腹を出しヘソ天で爆睡していたらしい。チュンチュン鳴く小鳥の声で覚めた頃にはもう午前八時半だった。
朝食を取る時間などあるはずがない。追っ掛けで鍛えた足で駅にすっ飛んでいく。お魚咥えたドラ猫を追跡する某サザ○さん顔負けの速さだった。
そんなわけで当然のごとくすっぴん。髪はお団子にまとめる余裕がなかったので、シュシュで結んだだけだった。
「おはようございまあ~す!」
編集長が呆れたようにデスクから永夢に目を向ける。
「天野……お前いつも何かに追われてるな」
「それが生きてるってことですって~。それに、追われてるんじゃなくて追っ掛けてるんですよ」
「むぅ、一理あるな。来月の標語にしておくか」
「あっ、著作権私ですよ。印税千円ください。ランチ代にします」
「……お前ってやつは」
雑談をしつつパソコンを起ち上げる。
確かに落ち込んではいるのだが、空也が芸能界を引退した直後や悠人に振られた時ほどではない。もうすっかり冷静にもなっている。なぜかと自分に問い掛けてみてすぐに答えを見つけて頷いた。
東海林は片思いの相手である前に担当する小説家だ。そして、自分は編集者なのだ。安っぽい同情に引き摺られた挙げ句、打ち合わせやプロット、初稿の出来、改稿に影響が出てはならない。
東海林の小説家としての人生をより輝かしいものにする。今東海林のためにできることはそれだけだ。だから、いつも以上に全力で仕事に打ち込まなければならなかった。
意識して背筋をしゃんと伸ばす。
他小説家の作品の印刷所への入稿と校正刷りのチェックを済ませ、カバーイラストとデザインの発注を掛けたのちに、発送予定の契約書の内容をチェックする。東海林とサンダースの対談の企画も煮詰めておいた。
そうこうする間にすぐにに昼休みになったのだが、ランチに出掛ける前にとパソコンでPOSデータをチェックする。
八月頭に出版した高岡万次郎の「蛍殺し」は新人であるのにも関わらず、発売以来売り上げ部数をいわじわ伸ばしている。どうも中高年男性に受けているようだ。昭和の終わりのノスタルジックな描写に心惹かれるのだろうか。
重版まであと一、二歩と行ったところか。できれば若い女性や主婦層の支持がほしかった。流行りになりやすいからだ。手に取ってもらうためにはどう動くか。入れ込む側としてはこれ以上経費は掛けられないし、掛けられる理由がないのがもどかしい。
読書感想サイトやSNSでの評判はどうかとスマホでチェックする。呟きで有名な某SNSで「蛍殺し」を検索すると、真っ先に某アイドルグループのメンバーの投稿の引用がヒットした。
「えっ……」
なんと、MUSASHIで現在リーダーを務める沖田勇が、この作品を読んだからと個別のアカウントで感想を呟いていた。タイトルはぼかしているが内容からすぐに推察できる。『この小説、すごく響く』との一言に女性ファンからのリプライがいくつもある。引用もいいね!の数も多い。『これって蛍殺しだよね?』、『私も読みました』、『泣けるよねー』、『勇が読んでるなら読んでみよっ!』。
「……!」
思わず湯田中の高岡のスマホに電話を掛けた。接客業の性なのかワンコールで取ってくれる。
「高岡先生、MUSASHIの沖田勇さんに今回蛍殺しを出版した件を教えましたか?」
『いいえ。メンバーとは今は一切連絡を取り合っていません』
かつての仲間の投稿について教えると、高岡本人も驚き戸惑っていたが、やがて言葉少なにこう呟いた。
『でも、あいつに届いたんだと思うと嬉しいです。ほんと、嬉しいですね……。勇って気に入ったものをよく"響く"って表現していたんです』
「――先生」
永夢はデスクに身を乗り出した。
「先生自身は人前に出ず、氏素性は一切明かさない。そうした条件でしたら販促キャンペーンを企画してもよろしいでしょうか?」
『ええ、そうした条件でしたら……』
「ありがとうございますっ!」
「なあ、天野、一区切り突いたなら一緒にランチに行かないか。ちょっと話したいことが……」
電話を切り腰を上げるなり錦戸から誘われたが、「すいませんっ!」と両手を合わせて謝る。
「また今度誘ってくださいっ!」
更に、その足で編集長のデスクにまっしぐらに向かって詰め寄った。
「編集長、お話があります。それはもうい~いお話です」
「わ、わかった。わかったからそんなに迫るな」
「実はですね……」
一歩引く編集長にスマホのSNSの画面を見せる。編集長の目がたちまち真剣なものになった。
その後営業部やマーケティング部を行き来するうちに、気が付くと休憩時間はとっくに過ぎ午後二時。
今更のように腹が調子っぱずれのラッパのような音を立てた。朝食も取っていなかったのだと思い出し、苦笑しつつ自分のデスクに立ち寄る。少々遅いが外食に行くつもりだった。
ところが、パソコン横に見慣れぬ茶封筒が置かれていたので首を傾げる。郵便物ではない。宛名も差出人名もない。
「? 何これ」
封はされていない。手に取ると中から紙がデスクに滑り落ちた。
なんらかのポスターを縮小コピーしたものらしい。でかでかと印字された「探しています」との見出しにぎょっとする。
『些細な情報でもよろしいのでご提供ください』
行方不明者の捜索ビラだった。
『二○○×年○月○日、行方不明になった東海林渚さんを探しております。現在十七歳。ご連絡先は──』
その名前以上に衝撃的だったのは写真の中で笑う少女の姿だった。
「えっ……」
一瞬、髪を下ろした自分なのかと錯覚した。それほど永夢と彼女は笑い方が似ていたのだ。




