過去(2)
「大変って何が大変なんですか?」
「大変じゃないから大変だったのよ」
「……?」
とんちは得意ではない。桔梗屋に「この橋渡るべからず」と書かれれば、しゃーないなと脱いで泳いで川を渡るタイプである。
響子も説明しがたいのかう~んと唸った。
「なんて言ったらいいのかしらね。もともと大人びて落ち着いた子だったけど、ご両親のお葬式を泣きもせず淡々と済ませたの。私たちへの対応もちゃんとしてて。まだ高校生だったのによ?」
確かに、いくら賢くてもそう簡単にできることではない。
「高橋さんに引き取られてからも泣き言も言わず、助けも求めず、迷惑は掛けませんって一人で勉強して、奨学金の手続きも自分でして……。高橋さんがやったことは保証人のサインくらいだったそうよ。うちのアラサーの娘のほうがフワフワしてるわ」
永夢も千年修行してもその境地に到達しそうなはなかった。
でもと思わず口を挟む。
「……ちょっと怖いですね」
まだ世の理不尽を呪って泣き喚くなり、落ち込んで引き籠もるなりした方がいい気がした。
響子が「でしょう?」と相槌を打つ。
「あの年の子が何も感じないはずがないのに。でもね、何年かして気付いたの。高橋さんとは家族ぐるみの付き合いだったから、東海林君と食事をすることもあったんだけど」
もちろん当時の東海林は一日のカロリーと五大栄養素の必要摂取量を満たす食事は取っていた。しかし。
「一度も美味しいって言わなかったの。十代の男の子なんて食べ盛りでしょ? なのに、ずっと砂を噛んでいるみたいな顔。何が好きって聞いてもわからないって答えるばかりで」
なぜかと聞くとたった一言こう答えたのだという。
「"味がしないから"って……」
そんなバカなと絶句する。東海林は豚汁でも小鮎の天ぷらでもかき揚げでもウナワサでもふわふわ厚焼き玉子のサンドイッチでも、なんでも美味しい美味しいとペロリと平らげていたではないか。
甘いものが好きなことも知っている。プリンが一番だが、先日一緒に食べたチョコレートパフェも完食どころかまだ物足りないといった顔をしていた。永夢も同感だったので、その後二人でレモンパイをシェアしたのだ。
「だからねえ、前山に登った時ホッとしたの。東海林君、天野さんのお弁当を本当に美味しそうに食べていたから。美味いなんて言うのを聞いたのも初めて」
「……」
どう反応していいのかわからない。
だが、次の独り言のような響子の言葉にはっとした。
「やっと判決が出て一区切りついたからかしらねえ」
「判決?」
「ええ。渚ちゃんを殺した犯人の最高裁」
三人もの女性を殺害した上に動機が動機。更に計画的な犯行である上に残虐な手口だったのでそれの罪に相応しい刑が確定したのだとか。
衝撃的な事実に頭がぐるぐる回る。
それでも響子次の一言は耳に入った。
「本人はそんなこと一言も言わなかったけど、警察官になったのも渚ちゃんを探すためだったのかしらねえ」
なら、事件が解決して退職したのも頷ける──




