インタビュー企画(2)
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――一週間前のことだ。
永夢は東海林と青雲館最寄り駅近くの純喫茶で打ち合わせを約束していた。ニスで柔らかく光る木造りのドアを開けると、アンティークの真鍮のドアチャイムがカランカランと鳴る店だ。中途半端な時間で空いていたからか、壁際の四人掛けの席を案内された。
今年半ば頃から東海林は他社でも執筆を依頼され、青雲館だけが独り占めできなくなっている。次回作の神楽シリーズの初稿は来年二月提出になると聞いて、その間の繋ぎになる企画がないかと頭を抱えていたところだった。
そこに、小説サンから対談の話を持ち掛けられたのだ。永夢としてはぜひ受けてほしかったのだが、断られる可能性が高いと考えていた。
東海林はせっかくルックスが女性受けしそうで、女性ファンを増やす機会になるかもしれないのに、人前に出るのを好まなかったからだ。前回の担当者からサイン会もNOだったと聞いている。
昨今の出版不況、特に文芸が青息吐息の今、販促のためにもサイン会、対談、座談は欠かせないのだが、無理強いはできないのでどうにもならない。
それでも、一縷の望みを掛けて東海林に話を持ち掛けた。断腸の思いで自分のフルーツパフェに載せられたメロンを供物に捧げる。フォークを持つ手がプルプルと震えた。
「東海林先生、小説サンで小説家の先生同士の対談の企画が持ち上がりまして、ぜひ東海林先生にトップバッターを引き受けていただけないかと。一応、編集部で候補の小説家の先生は挙げているのですが、もし東海林先生にも希望があれば」
「怪談?」
「あっ、対談です。怪談はサンダース先生だけでもう十分……」
「サンダース……。ウィリアム・サンダースさんですか? いつも和服姿の。何作か読んだことがあります」
東海林はメロンと交換のつもりだったのだろうか。チョコレートパフェのトップを飾る希少な夏秋イチゴを「はい、どうぞ」と永夢にくれた。やはり聖母マリア並みの慈悲深さだと泣ける。
その聖母東海林の今日の出で立ちはシミ一つない白Tシャツにネイビーのサマージャケット、ベージュのパンツだった。
いかにも質がよく小洒落て見えたので、ブランドものなのかと思いきや、なんとTシャツとパンツはその辺のショッピングモールの衣料品コーナー、ジャケットは某大手フィストファッションのアパレルメーカー製なのだとか。
つまり、印象とは衣料品やファッションセンスが問題なのではない。所詮、生まれ持った容姿に左右されるのだと思い知らされ心の中でシクシクと泣いた。
それでもイチゴを咀嚼しつつ「ご存知なんですか?」と尋ねる。
「ええ。去年のそちらでの謝恩会で軽く立ち話をしまして。そう言えば天野さんが担当だと言っていましたね。百物語が趣味だとも……」
「そうそう、そうなんです。またサンダース先生の話が怖くって」
それ以上にキツイのがこちらも話のネタを捻り出さなければならないところだ。小説家のアイデア出しに協力することはよくあるが、まさか自分も百物語向け怪談のプロットを立てるハメになるとは。
このままではホラー小説家になりそうである。サンダースにはなぜかお笑いの素質があると評価されているが。
「去年のことを覚えてるなんて東海林先生ってすごいですね。私なんて昨日の夕飯がなんだったのかも記憶喪失になっていますよ」
なのに、今すぐにでも忘れたいあんな黒歴史、こんな黒歴史は頭を打っても事細かに覚えているのはなぜだろうか。
一方、東海林は切れ長の目を鋭く光らせた。初めて見る眼差しに狼狽える。
「……話が怖い? 天野さんも百物語に参加したことが?」
「は、はい。サンダース先生、あとがきにも書いていますよ」
「ということは、サンダースさんの自宅に上がった?」
「そりゃ、外ではできないですし」
「二人きりで?」
「え、ええ」
「……」
東海林はしばらく黙り込んでいたが、水を一口飲みテーブルの上に手を組んだ。
正直イケメンの真顔は怖い。特に東海林は元警視だからか、取り調べで自白を強要されている気分になる。
「……いくら担当とはいえ、自宅に上げるのはどうでしょう。天野さんは若い女性でしょう」
つまり、危険だと言いたいのだろう。
だが、その点を突いてしまえば東海林も似たようなことをしていると言える。永夢からすれば東海林の餌付けは百物語よりは一億万倍ありがたいのだが。
「サンダース先生はそんな人じゃありませんよ。見ればわかりますけど草食系っていうか、本人がヤナギみたいな感じで。こう、フラフラユラユラしているというか……」
「ですが」
東海林は反論しようとしたものの、自分のダブスタに気付いたのだろう。気まずい表情になり再び黙り込んでいたのだが、やがて顔を上げ「お受けします」と頷いた。
「お受けしますって……えっ、対談の企画ですか?」
「はい。対談相手はサンダースさんでお願いします」
***
──というわけでサンダースに連絡を取り、今日までに返事をくれと伝えたのだ。
サンダースは袖手スタイルでうんうんと頷いた。
「はい、ぜひお願いしまス」
「ありがとうございます……!」
写真も撮影することになるのでワクワクする。イケメン小説家と着流しの金髪碧眼、絵になるに違いなかった。
だが、サンダースは違った意味で楽しみだったらしい。
「東海林さんの作品は読んだことがありますヨ。警視庁にいたとも聞いていまス。遺体の腐乱描写にリアリティがあり、さすがと感動したものでス。脂肪が溶け出すところなど最高でしタ! ぜひ九相図について語り合ってみたイ」
「……」
さすがホラー小説家、目の付け所が違う。九相図とはなんなのかと聞こうとして、後悔しそうなので口を噤んだ。
サンダースは上機嫌で言葉を続ける。
「ああ、そうダ。次回作は補陀落渡海をテーマに執筆しようとアイデアを練っていましテ、現代日本にもヤクザなんかが詰めて流すといった事件があったのかもお聞きしてみたいですネ」
補陀落渡海がなんなのかも知らない。知りたくもない。だが、近いうち新作のプロットを取りに来ることになり、結局その時点で嫌でも教えられるのだろう。これだからホラー小説家ってやつはと心の中でシクシク泣くしかなかった。




