インタビュー企画(1)
第四話開始!新キャラ登場!
東京、浅草の片隅にある下町情緒溢れる古民家。
狭い庭に植えられた紅葉はまだ青々としている。木々を臨む縁側には赤い首輪をつけた白猫が一匹、ヘソ天で惰眠を貪っていた。
一見、夏の終りの午後の平和な風景である。
だが、縁側に接するガラスの引き戸と障子は締め切られ。重ねてカーテンで覆われているのがわかる。光を遮っているのだ。
一体何が起きているのか──
引き戸の向こうの和室の中は薄暗い。日差しが一筋も入り込まないよう配慮されている。
畳の中央では男が一人と女が一人向かい合って正座し、男が神妙な表情、潜めるような声で何かを語っていた。女は容姿からして若い。一見十六歳前後だ。一方、語り手の男は四十半ばを過ぎているように見えた。
「──ところが、ホテルマンはそんな古い部屋は存在しないと答えたのでス。三階はすべて洋室で、和室、それも改装していない部屋などないト。和服姿の年配の女性の従業員もいなイ。私は震え上がりましタ」
その話を聞く残り女の顔色は青ざめている。
それぞれの手前には燭台に刺されたロウソクが並べられている。暗闇の中で炎が揺らめくさまはひどく不気味だ。床の間にある白装束に乱れ髪、恨めしそうな目、足のない女が描かれた掛け軸も恐ろしさに拍車を掛けていた。
「では、私が会ったあの老婆は、あのホテルの三階で見た奇妙ないつくもの部屋はなんだったのデショウ? あやかしに馬鹿されたノカ。それとも、異界に一歩足を踏み入れていたノカ……。いまだにその正体は判明していませんガ、わからないほうがいいのかもしれないとも思うノデス」
男は一本のロウソクの炎をふっと吹き消した。部屋の暗闇がまた濃くなる。
「さあ、次はあなたの番ですヨ」
「……」
女が伏せていた顔を上げた。
「……あれは私が高校三年の頃です。当時アイドルグループMUSASHIを追っ掛けてました。だけど、受験生だったことと、バイト代だけで遠征費用を賄うのにも限界があって、チケットを手に入れられないこともありました」
無念を思い出したのかぎりりと唇を噛み締める。
「断腸の思いであるライブを諦めた翌日、公式サイトで嬉しい発表がありました。ファンクラブ会員にはネットでライブを同時配信してくれるというのです。当日は新しくサイリウムを買い込んでパソコン前で待機していました」
ロウソクの炎がゆらりと揺れた。
「ところで当時、私にはもうひとつ夢中になっていることがありました。それはスマホを使った某動画配信サービスでの生配信です。ライブを実況するつもりでした。この感動を皆に分け与えたい、その一心だった……。確か、視聴者は二百人くらいいたかなあ」
当時の恐ろしさを思い出したのか、女の背がぶるりと震える。
「ライブの盛り上がりが最高潮に達すると、私も興奮のあまりサイリウムを両手で振り回しながら絶叫したようです。ようですというのは自覚がなかったからです。その時のことでした」
男がゴクリと息を呑んだ。
「部屋のドアがバァーン!と空いたかと思うと、お玉を片手に持ったお母さんが……!"永夢っ! あんた、声下まで響いてるわよ! 面食いでも追っ掛けでもなんでもいいけど、もうちょっと静かにしなさいっ!"。もちろん、一から十まで生配信されました」
「お、オウ、それは恐ろしいィ……」
「……これで私の話は終わりです。今でもファン仲間に蒸し返される話で、もうホントいい加減忘れてほしいですぅ……」
男は笑いながら立ち上がり、カーテンと障子を開け放った。
「アハハ、確かに恐ろしいですガ、怪談ではないですネ」
陽の光に照らし出された男のくせ毛は白髪交じりの明るいブロンド、瞳は薄い青だ。長身痩躯に麻の平織りの着物を纏い、藍染の帯でキリリと締めている。彫りの深い整った顔立ちはどこからどう見ても日本人ではないのだが、不思議と気取りのない隠居風の着流しがよく似合っていた。
女は、永夢は涙目で抗議した。
「だーかーら、サンダース先生と違ってこういうのダメなんですって!」
それでも編集者魂から男にずずいと迫る。
「さっ、約束の原稿くださいっ!」
この男、サンダースはフルネームをウィリアム・サンダースという。都内の私立大の日本文学の教授にして、永夢が担当するイギリス国籍のホラー小説家だ。
若き日にラフカディオ・ハーンの「怪談」に魅せられ日本文学を学び、現在ではそれだけでは飽き足らず、ホラー小説を執筆する有様である。
日本人顔負けの日本語力、語りのうまさ、恐ろしさで人気のホラー小説家の一人となっていた。
「どうぞ、こちらでス」
サンダースは改めて正座をすると、永夢に恭しく茶封筒を手渡した。
「ははっ、確かにっ」
サンダースは今時珍しく手書きで原稿を書く。また、それが異様に達筆なので舌を巻くしかない。
永夢はサンダースに頼まれ、いつも浅草に原稿を取りに行っていた。そのたびに趣味の百物語に付き合わされ、たまったものではないのだが。
原稿をバッグにしまいつつスケジュール帳を開く。
「先生、もうひとつお聞きしたいことが……。東海林先生との対談の企画、どうします? お受けしますか?」
先月青雲館出版の月刊小説誌、小説サンから小説家同士の対談の企画が持ち込まれた。人気小説家六組十二人の対談を半年に亘って掲載するのだが、ドル箱小説家だからか第一弾に東海林が抜擢されていた。
もちろん、編集部の意向もあるのだが、念のために東海林に対談相手は誰がいいかと聞くと、サンダースを希望されたのだ。編集部も面白そうだと頷いたので、先日サンダースにもどうかと打診していた。
永夢は最近東海林と会った時のことを思い出す。
『ぜひ一度お話ししておきたい』
東海林はなぜか幾分重々しい口調でそう呟いていた――




