交換(2)
永夢は隠し事をしないタイプだ。彼氏がいないならいないとはっきり公言し、「だから、イケメン紹介してっ」と迫る。
見栄など張っていてはチャンスを逃す。それがモットーだったのだが今回は違った。
イケメンがいいのではない。彼氏を作りたいのでもない。東海林への気持ちを大切にしたかった。
だから、「……ナイショです」と、らしくもなくはにかんで答えたのだ。きっと頬も赤く染まっていた。
錦戸は永夢のそんな表情を凝視していたが、やがてもう一度、今度はもう少し深い溜め息を吐いた。こちらもらしくもなく髪に手を突っ込んでぐしゃりと崩す。
「そう、ナイショね。やっぱりお前の相手って──」
次の瞬間、スマホの着信音が会話と錦戸との間の空気を切り裂いた。
「あっ、ちょっとすいません」
画面にはドケチで金に汚い銭ゲバ女が主人公の小説の作者、小麦若葉の名前が表示されている。
『あっ、天野さん? メールめんどくさいから電話しちゃった。ヒトカネの装画見たよ! 直してほしいところはどこにもない。いい色出す人だね~』
ヒトカネとは「人の金でウナギを食う」の略だ。なんと編集部会議で永夢がヤケクソで提出したタイトル案、「人の金でウナギを食いたい」が好評で、よりいやらしくなるよう若干アレンジして採用されていた。
深く考えるよりパッと閃いたものの方がいいのかもしれない。
「気に入っていただけだのならよかったです。はい、はい、宗像先生にもお伝えしておきますね~!」
電話が切られるのを待ちスマホを仕舞う。
「錦戸さん、すいません。何聞いたんでしたっけ?」
ところが、隣にもリフレッシュルームにも錦戸の姿はない。
「あれ? トイレ?」
そして永夢の前にはチョコチップのスコーンだけではなく、ソーセージとスクランブルエッグのイングリッシュマフィンも置かれていた。
忘れて行ったのかと連絡を入れようとして、ラインに錦戸からメッセージが届いているのに気付く。担当の女性小説家、桜川アゲハが錦戸を訪ねてきたらしい。
改稿の相談のためだとあるが、錦戸に会いたい一心なのだろう。相変わらずモテモテである。
メッセージにはこう続けられていた。
『二つともやるから』
チョコチップのスコーンはどうか知らないが、イングリッシュマフィンは錦戸の好物だったはずだ。よく持ち込んでいたので知っている。
あとから対価を請求されるのではないかと疑ったが、食べずに悪くなってももったいない。その時はその時かとありがたくいただくことにした。
自宅で淹れたアイスティーをお供に堪能する。
その間も何気なくスマホの画面を見下ろしていたのだが、途中、大学時代の友人からメッセージが届いた。仲良しだった凪砂だった。
『悠人先輩と別れたんだって? だったら合コン来ない? 男はみんなイケメン警察官! ちょっと永夢の好みとは違うけど、マッチョも悪くないわよ~』
いつもなら二つ返事だっただろうが、今はそんな気にはならない。「今回はパス」と返信したのだが、『誘いじゃなくてお願い!』と返ってきた。
『みんな仕事とか彼氏ができたとかでなかなか集まらないの。このままじゃ開催できなくなっちゃう』
「むう……」
気は進まないが友人のピンチを見過ごすわけにはいかない。「そーゆーことならおけ」と送っておいた。
スコーンをも"っも"っと咀嚼しつつ首を傾げる。
凪砂の名前から連想して、いつか豚汁をご馳走してもらった際、東海林が口走った女性名、「なぎさ」を思い出したからだ。
なぎさとは一体何者なのか。東海林とどんな関係なのか。現恋人ではないのはわかっている。なら、元カノか友人か、あるいは家族か。
「……」
スマホでいくつかの単語を組み合わせて検索する。
「東海林」、「なぎさ」、「凪砂」、「凪咲」、「凪里」、「渚」──「東海林」と「渚」でようやくいくつかの有力そうなサイトがヒットした。
早速リンクをクリックする。もう何年も前に個人ブログに投稿されたニュースへの感想で、情報元の新聞社のサイトの記事が引用されていた。
『ニ〇〇☓年、東京都千代田区で当時私立桜風中学校二年だった東海林渚さんが行方不明になってすでに三年が立つ。今月四日、神田署員らが新大塚駅で情報提供を呼び掛けた。渚さんはニ〇〇☓年十二月二十四日夜、兄に友人と遊びに行くと伝え、そのまま行方が分からなくなった』
「……っ」
ごくりと唾を飲み込む。
まだ決まったわけではないと早鐘を打つ心臓をなだめ、記事下部に表示された関連記事をタップして息を呑んだ。
『先月一日に(ニ〇一☓年ニ月)香取市内の山中で見つかった白骨遺体が、十二年前に行方不明になった東京都千代田区の女子中学生、東海林渚さんのものだと判明。司法解剖の結果歯型やDNAが一致した。渚さんは当時十四歳で中学二年。両親と兄の四人暮らしだった』
第三話『みんな大好きなお弁当』終
少しでも面白いと思っていただけたら、★をいただけると嬉しいです!




