交換(1)
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東海林との楽しい週末が終わり、明けの月曜日の休憩時。永夢は珍しく外に食べに行かず、青雲館リフレッシュルームにやってきた。しかも、弁当持参である。
せっかく作り方を覚えたのだ。早く人間になるためにもスボラなところを少しでも直そうと、いつもより三十分早く起きてふわふわ厚焼き玉子のサンドイッチを作った。
さすがに先週のように三種は無理だったが、今までよりは遥かにマシだ。単細胞生物と多細胞生物くらいの差はある。
ちなみに、一緒に食べようと三上を誘ったのだが、担当の小説家に電話をかける用事があるからと断られた。
そういえば最近、錦戸や三上との飲み会の機会がないだけではない。三上に至っては雑談もしていない。お互い殺人的に忙しいのもあるが永夢としては少々寂しい。よし、今度お茶にでも誘ってみようと頷いた。
ひとまず日の差し込む窓際のカウンター席に腰掛け、ニヤニヤしながらスマホの液晶画面を眺める。響子に撮ってもらった東海林とのツーショット写真だ。
東海林が恋人というよりは保護者に見える点は無視した。
「なんだ、珍しいな。弁当か? まさか、手作りか? 地球滅亡の前触れじゃないだろうな」
脳内がすっかりお花畑になったところで、いきなり声を掛けられ喉から心臓が飛び出そうになる。
「に、錦戸さん、びっくりさせないでくださいよ!」
抗議する間に慌てて写真のファイルを閉じる。
錦戸は永夢の隣に腰を下ろすと、駅前のカフェで買ってきたらしいカップを置き、続いて紙袋を開けてフードを取り出した。ソーセージとスクランブルエッグのイングリッシュマフィンにチョコチップのスコーンだ。カップの中は砂糖抜きのカフェラテらしい。
「おお~、女子力高そうなもの食べてますねえ。男は黙って牛丼かカップ麺じゃありません?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「アハハ、褒めてるんですって」
錦戸に限ってはこうしたランチが似合う。
今日のファッションはベージュとオフホワイトの重ね着風のTシャツに黒チノパン、エナメルのローファーと一見どうということもないコーディネートだ。なのに、錦戸が着るとセンスよく見える。
私も似たような格好なのにこの違いはなんだ。怨念を込めてその横顔をジト目で見つめる。
そこで気付いたのだがオシャレ眼鏡が新調されている。黒縁からべっ甲のデザインになっていた。
「メガネ変えたんですね」
「ああ、壊れてさ」
錦戸は永夢の手元のランチボックスを覗き込んだ。
「サンドイッチ?」
「そう、ふわふわ厚焼き玉子のサンドイッチ。早起きして作ったんですよ~」
「……ふうん」
錦戸はチョコチップのスコーンを永夢の前に押し出した。
「うん? これなんです?」
「やるよ。もちろんタダじゃない。お前のサンドイッチと交換」
「えっ」
チョコチップのスコーン三○〇円に見合うシロモノだとは思えなかった。
また、以前錦戸が女の手料理にはありがたみを覚えないどころか、執念が込められていそうでゴメンだと愚痴っていたのを聞いたこともある。歴代元カノや担当の女性小説家との間で何があったのだろうか。
だから、サンドイッチをくれと言われて驚いた。
「でも、これ手作りですよ?」
「うん、いい」
「私の執念っていうか煩悩が一〇八個くらい混じってますけど……」
「それがいいんだよ」
まあ、そこまで言うならとありがたくスコーンを受け取り、ふわふわ厚焼き卵のサンドイッチを手渡す。
「そんなに卵が食べたかったんですか?」
錦戸はイエスともノートも答えずサンドイッチを齧った。
くっきりした二重瞼の目が見開かれる。
永夢はムン!と胸を張った。
「美味しいでしょ~!? 私の汗と血と涙の結晶です! マズイとは言わせませんよマズイとは!」
錦戸はやはり何も答えない。美味のあまりにグルメマンガのようにあっちの世界にトリップしたのか。
永夢は期待の眼差しで見守っていたのだが、錦戸はなぜか軽く溜め息を吐いたかと思うと、思いがけない一言を放った
「……お前、もう男ができたのか?」




