決戦当日(1)
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ついに決戦当日である。
永夢は悲壮な覚悟を胸に朝の新宿駅に降り立った。
御岳山近くの駐車場のある駅、滝本駅までは高速をスムーズに進んだとして約一時間。まずこの新宿駅で東海林と待ち合わせ、彼の車に乗り、滝本駅で城崎夫妻と合流することになっている。
約束の時間まであと十五分。ひとまずトイレに行き髪を念入りに整える。どうせハイキングで乱れそうだったが、少しでも見目よくしておきたかった。
今日のハイキングファッションは東海林のアドバイスに従ったものだ。
履き慣れて動きやすい黒のレギンスに同色のショートパンツを重ね、吸汗性のあるタンクトップの上にグレーのTシャツ、腰にワインカラーのマウンテンパーカーを巻いている。ハイキングシューズはぱっと目を引く赤で、リュックは実家から送ってもらった高校時代の黒いものだ。もちろん、紫外線対策にツバのある帽子も忘れていない。
「よし、私は可愛い、私は可愛い。もっと可愛くなーる」
鏡の前で呪文を唱え待ち合わせ場所のカフェ前へ向かう。
東海林はガラスの壁を背にまばらな通行人らを眺めるともなしに眺めていた。
声を掛ける前に立ち止まり、死角からこっそり観察する。
長い足は履きやすそうなブルーグレーのパンツに包まれている。ライトグレーのTシャツにオフホワイトの半袖シャツを重ね着していた。ダークグレーのリュックとオレンジブラウンのトレッキングシューズは大分使い込まれている。
どうということもない服装なのにさすがイケメン。指フレームを作って覗き込むと、メンズファッション誌の一ページのように決まっていた。
素敵だなあと溜め息を吐く。
去年まではなんとも思っていなかったのに、好意を持つとすべてがよく見えるものだ。私もちょっとでも可愛く見えますようにと祈る。
「東海林せんせーい!」
東海林が顔を上げ切れ長の目で永夢を捉えた。唇の端が上がり微笑みを作る。
「天野さん、おはようございます。朝食は取れましたか?」
「はい、しっかりと!」
二人で並んで駐車場へ向かう。
「山登りなんて中学校の遠足以来で楽しみです。先生はよく行っているんですか?」
「初めは城崎さんに付き合ってでしたが、小説家になってからは自分でスケジュール調整ができるので、数ヶ月に一度くらいは登るようになりました」
「一人でですか?」
「ええ」
皆でワイワイやるのが好きな永夢には、一人旅や孤独のグルメ、ソロ登山の楽しさがいまいちわからない。一人では寂しくないのだろうか。
「どんなところが楽しいですか?」
「そうだな……」
ふと黒に近い濃い茶の目が遠くなる。初めて見るその表情に心臓がドキリと鳴った。
「無心になれるところでしょうか」
なぜ無心になりたいのだと聞こうとして口を噤む。なんとなく触れてはいけない気がしたからだ。そんな東海林の眼差しは束の間で、すぐに目尻が下がったのでほっとする。
「それ以上に登り切った爽快感と大自然の中での食事ですね」
「動いたあとのご飯ってすごく美味しそうですよね」
「天野さんは何を作ってきたんですか?」
「登ってからのお楽しみでーす」
東海林に美味しいと喜んでほしくて、今日まで何度も料理を練習してきたことは内緒にしておいた。
土曜日朝の新宿駅は通勤ラッシュがないからか、人込みを縫うように進まなくていい。
余裕があったからだろうか。いつもなら通行人に紛れていただろうに、西口付近に来たところで見知った二人がいるのに気付いた。
「えっ……」
思わず立ち止まる。
錦戸と三上だった。
エスカレーター近くで何やら話し合っている。なんと、二人とも昨日の金曜日と同じ服装で、三上の目は赤く腫れているように見えた。
永夢の脳内に「スクープ!」の五文字が踊る。まさかあの二人がそんな関係なのか。マジか、ガチか、ホンマかと驚きのあまり、名前を呼ばれるまでその場に突っ立っていた。
「天野さん?」
「あっ、すいません」
慌てて東海林の後を追う。
最後に一度だけ振り返ってみたのだが、二人は永夢に気付いていないのか深刻な表情のままだった。




