人の金でウナギを食う(5)
「好き」──胸の奥にオレンジピンクの温かい明かりが灯る。
うっすら自覚していたのだが、言葉にするとやはり照れくさい。また、戸惑いもあった。
これまでの恋愛には恋に落ちた瞬間がはっきりあったが、東海林についてはいつ好きになったのかわからない。
なぜ好きになったのかも曖昧だ。一緒に食事をするこの空間と互いの笑顔が心地良い──それだけはわかっていた。
東海林は自分をどう思っているだろうか。少なくとも嫌われてないとは思いたい。そして、ずっと一緒にご飯を食べていたい。
いや、待て。それは恋というよりは、犬がホネをくれる人間に尻尾を振るように、単に餌付けされているだけなのではないか。思えばいつも手料理を振る舞われるなり、奢られるなりしている気がする。となると自分の犬種はチワワなのかダックスフンドなのかそれともパグ犬なのか──そうおのれを疑い始めたところで声を掛けられた。
「天野さんは食べ方が綺麗ですね」
「えっ、そうですか?」
はっと気が付くとすでにウナギ丼の四分の一を消費している。無意識のうちに箸を動かしていたらしい。自動書記ならぬ自動食事である。動力は霊の仕業でもなんでもなくウナギへの渇望と食い意地だろう。
慌てて話を繋げる。
「考えたこともありませんでした。あっ、でも、お祖母ちゃんが結構厳しかったかも」
「実家ではお祖母さんと同居されているんですか?」
「はい、もう八十過ぎてますけどピンピンしてますよ。近所で畑借りて耕していて、時々野菜送ってくれます」
なお、父は地元の大手機械製造業で管理職、母はパートタイマーだ。兄は大阪の大学を卒業後、Uターンし県庁職員となっている。永夢の故郷では一般的な家庭だった。
「先生の実家はお寺だって言ってましたよね」
東海林は東京生まれの東京育ちだと聞いている。ということは、その寺も都内にあるのだろうか。東海林のことをもっと知りたい気持ちでそう聞いてみると、束の間だが二人の間に沈黙が落ちた。
「東海林先生?」
「実は、実家と言っても姓が違います」
「……?」
事情が想像できずに首を傾げる。
「父を父とは呼んでいますが、実の父ではありません。養父と言った方が正しいでしょうか。……やはり今のうちに伝えておいた方がいいですね」
東海林は箸置きに箸を置いた。
「私は高校生の頃に両親を亡くし、実父の遠縁に当たる現在の父に引き取られました。ただ、姓は変えなかった。今更という気がしましたから」
思い掛けない過去に息を呑む。
永夢にも家族を亡くした同僚や友人はいるが、父母ともに、しかも十代でではない。一体なぜ──
その表情から永夢の疑問を見て取ったのだろう。東海林は「父は事故、母は病気です。深刻な理由ではないですよ」と苦笑した。
とはいえ、軽いとは言えない話だ。
「あの、それ、本当に私に言っちゃってもよかったんですか?」
本当に自分でいいのかと不安になる。
東海林は「ええ」と頷いた。
「天野さんになら。それに……」
「それに?」
珍しく切れ長の目が泳ぐ。
「秘密にしていたところで、奥さんにバラされるでしょうから」
「? 奥さん?」
一体誰の奥さんでなぜ話題に出るのかと首を傾げていると、東海林は気まずそうに後二切れ残ったウナワサを皿ごとくれた。
「あっ、ありがとうございます。ええっと、それで奥さんって?」
遠慮なく受け取りつつ問い質す。
東海林はすっかり冷めた茶を一口飲んだ。
「天野さんを城崎さんに紹介すると言ったでしょう。その際、奥さんの響子さんもついて来ることに……」
「ちょっと待ってください。どこで紹介されることになっているんですか?」
その答えは思い掛けないものだった。
「四人で御岳山にハイキングに行こうと誘われたんです。あのご夫婦は山登りが趣味で。天野さんは大丈夫でしょうか?」
御岳山とは東京都内にある標高九二九メートルの、初心者でも登りやすい山なのだとか。
予想外だったがまあ、ここまでは許容範囲だった。
「あー、最近登山って流行ってますよね。いいですよ。ハイキングかあ。リュックあったかな」
夫婦揃って品定めされるのはプレッシャーだが、東海林と付き合いが長いのなら仕方がない──そう腹を括っている最中にサーモバリック爆弾並の衝撃に見舞われる。
「その際、お弁当を持ち寄ろうと響子さんに提案され……」
「へっ?」
持ち寄り、もちより、モチヨリ、MOCHIYORI。
その単語が意味する行動に永夢は悲鳴を上げた。
「わ、私に弁当を作れと!? 料理しろと!?」




