人の金でウナギを食う(4)
交渉が妥結したタイミングで先ほどの女性店員が現れる。
「お待たせしました。順番前後して申し訳ございません。うなわさ定食のお客様」
「あっ、私じゃなくて向こうです」
ウナワサ定食は四角い盆にまとめて載せられていた。
黒い椀にたっぷり盛られたほかほかの白いご飯と二種の漬物。小鉢は潰した豆腐にオクラとゴマを和えたものだ。汁物は肝吸いでウナギの肝を具とした吸い物だが、色鮮やかな三つ葉と白くぷっくりした肝のコントラストが食欲をそそる。
真ん中にはメインディッシュのウナワサが鎮座していた。青磁を思わせる淡い青緑の長皿に、ほどよく焦げ目のあるウナギが並んでいる。タレにつけられていないとウナギも白身魚なのだとよくわかった。一匹分を等間隔の一口サイズに切り食べやすくしてある。
ウナワサとはウナギの白焼きにワサビを添えた料理だ。蒸したウナギを炭で焼き上げてネギを散らし、ワサビと醤油、または店特製の和風ダレでいただく。
「あっ、ちょっと待ってください。写真撮ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
永夢はスマホを取り出した。
「すごく美味しそうですね。私も次はウナワサにしようっと」
もっとも値段が値段なので、そう頻繁に通えないが。
東海林は永夢を微笑みながら見つめていたが、やがて箸で脂の乗った一切れを摘んだ。
テーブル壁側に積み上げられた取皿に入れる。
「天野さん、どうぞ」
「えっ」
真っ先に一番美味しい部分を差し出されたので、恋人役を引き受けたために気を遣われているのかと戸惑う。
一方、東海林は嬉しそうに目を細めている。なぜそんな顔をするのか不思議に思いながらも、うなわさの味見はしてみたかったので、結局「ありがとうございます」と受け取った。
「でも、いいんですか?」
「ええ、もちろんです」
それではと醤油を掛けぱくりと一口でいただく。
焦げ目から炭の香ばしい香りがする。さっくりした表面に歯を立てると、ホクホクプルリとした身が舌の上で崩れた。ワサビの辛みがウナギのくせを中和し、醤油がより味わい深いものにしている。
「あ~、幸せ……」
東海林も少し遅れてウナワサを口にしていた。
「ウナギはやはり食感が命ですね」
二人でうんうんと頷く間に、永夢の分の特上ウナギ丼定食が運ばれてくる。
「お待たせしました」
ウナギ丼以外はウナワサ定食と同じ内容だ。肝吸いにも小鉢にも心惹かれたが、まずはウナギ丼である。
いざゆかんとどんぶりの蓋を開けるとふわりと香りの香りの湯気が立った。タレに漬け込まれたウナギがぎっしり。下にあるはずのご飯が見えない。
思わずごくりと唾を飲み込む。
永夢はこれだよこれ!と一番大きな一切れを箸で取り、やはり小皿に入れ東海林の前に押し出した。
「先生、どうぞ!」
うなわさのお返しをしようと思ったわけでもなんでもない。ごく自然に微笑んでそうしていた。一番美味しいところを東海林に食べてほしかったから。
「気を遣わないでください。私は……」
「いやいや、どうぞ! ぜひガバッと一口で!って、東海林先生の奢りで何言ってんだって感じですけど」
「……」
東海林は躊躇っていたものの永夢の一言に押され、ウナギの蒲焼きをパクリと一口で食べた。切れ長の目がわずかに見開かれ次いで目尻が下がる。
「うん、美味い。タレがいい味出してるな」
初めて聞いた東海林の敬語ではない、彼そのものの言葉遣いだった。
同時に、幼い頃祖母や両親がトンカツでも唐揚げでもハンバーグでも、一番美味しいところ、大きな一切れを真っ先に兄や自分にくれたのを思い出す。
そうか、こんな気持ちだったのかとやっとわかった。
好きな人や大切な人が美味しそうにしている顔を見ると、自分が食べているよりも嬉しくなるのだ。




