人の金でウナギを食う(2)
永夢が呆然としたのはなぜか。
これまでの人生でイケメンに恋に落ち、告白した回数は少なくない。ただでさえ競争率が高いのだ。ボケっと口を開けて待っているだけでは他の女に盗られてしまう。
レアポケ○ンだってバトルを仕掛けポケモ○ボールを投げなければゲットできない。だからこそありとあらゆる手段をもってアタックした。
もちろん、玉砕する確率が断然高かったが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。数々のイケメンへの失恋を積み重ね、ようやく入手した彼氏が悠人だった。まあ、結局振られたのだが。
それだけに告白される側のシチュエーションは想定外、人生初で、動転して湯呑みの茶をこぼしそうになった。
「あっちっち!」
「大丈夫ですか!? まだ使っていないので、私のおしぼりで冷やしてください」
「あ、ありがとうございます……」
上目遣いで東海林をチラリと見る。
くせのない丁寧に整えた黒髪とくっきりした眉、その下にある知性の光を湛えた切れ長の双眸。通った鼻に薄い唇。男性らしいシャープな頬のライン──
東海林は永夢好みの二十代までの王子様タイプではない。
しかし、十歳も年上の大人の男性だからなのか、あるいは持って生まれた性なのか、人には優しいが自身を甘やかさない。更に落ち着いて淡々としており、悟りを開いた禅僧さながらのストイックな風情である。そして、間違いなくイケメンだった。
それ以上に一緒に食事をしながら他愛ないお喋りをするのが楽しい。どちらか一方が話し役、聞き役に偏ることもない。ごく自然に会話を続けられる。ご飯がもっと美味しくなる。
だから、今日も人の金でウナギを食えるのもあるが、東海林に誘われたからこそホイホイついてきたのだ。
おしぼりで手を拭きつつ目を伏せる。頬が熱を持っているのが自分でもわかった。
「えっと、そのですね、ええっと……」
食事の誘いのように二つ返事ができない。恋を覚えたてのティーンでもあるまいし、こんなの自分らしくないと戸惑っていると、東海林が「しまった」といったように視線をわずかに逸した。よく見なければわからないが、こちらもらしくもなく目を泳がせている。なんとあの東海林が動揺しているのだ。
「東海林先生?」
「……大変申し訳ございません。困らせてしまいましたね」
東海林はテーブルの上に手を組み改めて永夢を見つめた。いつもの知的で落ち着きのある表情で、先ほどの心の揺れは見間違いだったのかと永夢は戸惑う。
東海林は言葉を続けた。
「もちろん、本物の恋人になれというわけではありません。実は最近、前職の上司に見合いを勧められまして、断ったのですが納得してもらえませんでした。場の勢いですでに相手がいるからと口走ってしまったのです。もちろん、そんな女性はいません」
前職ということは警視庁時代だ。警視の上司となると──
「警視総監です」
「……」
警視庁には詳しくはないが、さすがに永夢も知る階級だった。
「それって、えーと、つまり」
「ええ、警視庁のトップです。ただ上司だったというだけなら問題なかったのですが、父の同期で友人でもありまして」
なるほど、それは断りにくい。また、父の同期と聞いてはっとする。
「先生のお父さんも警察官だったんですか?」
「はい。実家の寺を継いだ伯父が早くに亡くなったので、二十年前に退職して住職となっていますが」
「ええっ」
なんと、東海林の実家は寺だった。上司は現警視総監で、父親は元警察官の現住職で、東海林自身も元警視の現小説家でと、経歴が随分こゆいメンツである。
東海林は寺の跡を継がないのかと気になったが、脱線しそうなので話しを元に戻した。
「どうして私の助けが必要なんですか……って、あっ」
東海林が「そうなんですよ」と苦笑しつつ頷いた。
「その相手を紹介しろと迫られたんです。俺がお前に相応しいかどうか見定めてやると」
「で、私にその恋人役を演じろと」
「さすが天野さん、察しがいい。その通りです」
「……!」
告白ではなかったのかとがっかりする前に、首を横に振って椅子をずり引いて東海林と距離を取る。
「いやっ、無理です。絶対に無理! だって、先生に逆に迷惑掛けちゃいます!」




