人の金でウナギを食う(1)
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さて、土用の丑の日とは具体的にはいつで、なぜウナギを食べる風習があるのか。
まず、土用とは立春、立夏、立秋、立冬の直前の約十八日間を意味する。次に丑の日だが、江戸時代の暦では日にちを十二支の順に数えていた。つまり、土用の丑の日とは土用の期間内の丑の日ということになる。
ちなみに、現代日本人は土用の丑の日を夏だと捉えているが、本来は立春、立夏、立秋、立冬、それぞれの季節に訪れる日だ。そして、土用は太陽の位置によって変わるため、丑の日も毎年ずれることになる。今年は七月下旬と八月の月頭だったのだとか。
続いてなぜ立夏の土用の丑の日にはウナギと決まっているのかだが、もっとも有名な一説は平賀源内の企画&プロデュース説だろう。
平賀源内は一部の歴史家に江戸のレオナルド・ダ・ヴィンチと呼ばれている。エレキテルの復元でよく知られているが、本草学、地質学、蘭学、医学、殖産、戯作、浄瑠璃、俳句、蘭画、発明と、様々な分野に精通していた天才だったのだという。
そんなレオナルドな源内を頼って、当時のウナギ屋が相談を持ち掛けた。ウナギの蒲焼きはこってりしているので、夏にはほとんど売れずに困っている。何かいいアイデアはないか。
源内はこう答えた。丑の日だから”う"がつくものを食べると縁起がいい。ウナギなら精がつくので一石二鳥だと宣伝しろと。
ウナギ屋は源内のアドバイス通りに、「本日丑の日 土用の丑の日うなぎの日 食すれば夏負けすることなし」とでかでかと書かれた看板を立てかけた。記録に残る日本初のコピーライティングである。
この企画が大当たりしてウナギ屋は大いに儲け、他のウナギ屋も我も我もと倣ううちに、習慣として定着したのだとか。
もっとも、ウナギが夏バテにいいという情報は万葉集の時代から知られていたらしい。
奈良時代の公家であり歌人、大伴家持はこんな和歌を残している。
『石麻呂に 吾れもの申す 夏痩せに よしといふものぞ むなぎとり召せ』
要するに、ダウンしているメル友の☆*。石麻呂*:。✡@夏バテふぇぇ(´•̥̥̥ω•̥̥̥`)に、「体にいいからウナギ食え」とオススメしているのである。
――とまあ、ここまでグダグダ説明してきたが、結局細けぇことはどうでもいい。うちのウナギは東京一美味しくて精がつくからね!
東海林に連れて来られたウナギ屋のメニュー裏にはそんなエピソード兼宣伝文句が書かれていた。
もちろん、永夢の視界にそんなウンチクは一文字たりとも入っていない。脳内は「ウナギウナギウナギウナギウナギ」とウナギ一色になっていた。
メニューに一通り目を通し、ウナワサ定食と迷っていたのだが、苦渋の決断で一番人気のウナギ丼肝吸つきにする。東海林に遠慮するなと勧められたので特上だ。
「ご注文決まりましたか?」
決まった気配を察知してやってきた、割烹着の女性店員に嬉々として返す。
「ええっと、東海林先生はウナワサ定食ですよね。私はウナギ丼特上!」
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね」
心の余裕が少々できたので店内を見回す。
このウナギ屋は創業百十年の老舗で、秘伝のタレを継ぎ足し続け、伝統の味を守っているのだという。
料理だけではなく内装も雰囲気がいい。四人掛けのテーブルや椅子はダークブラウンで統一され、何度も塗り直されたニスに使い込まれた感がある。右片隅にある神棚と壁に掛けられた古色蒼然とした振り子時計も昭和レトロ感を演出していた。
現在午後八時、店内は満席である。人気店なのだろう。もちろん、東海林はあらかじめ予約を取っていた。
永夢は「さて」とテーブルの上に手を組んだ。人差し指と中指を立て「二週間でどうですか」と話を持ち掛ける。
東海林はわずかに首を傾げた。
「二週間とは……?」
「アハハ、やだなあ、東海林先生。わかっていますって。締め切りを伸ばしてほしいんでしょう」
今日午後三時の小腹が空くおやつ時、タイトル案が浮かばずうんうん唸っていた頃、ラインに東海林からメッセージが届いた。
夕食を取りながら話したいことがあるのだという。しかも二人きりで人気のウナギ屋で奢りでである。もう接待だとしか考えられなかった。小説家が編集者を買収する理由などひとつしか有り得ない。
うんうんと頷きつつ湯飲みのお茶を啜る。
「先生も人間なんだってちょっとほっとしましたよ。先生はまさか神様?それとも仏様?って疑ってたんです。だって、いつもスケジュールを守るどころか前倒しで原稿をくれるじゃないですか」
「いや、そうではなく……」
「あっ、編集長には交渉済みですからご心配なく。東海林先生が遅れるなんて、雪が降って氷河期に突入するんじゃないかって怯えていましたけど」
「天野さん」
「あっ、鷲尾君の過去編楽しみにしています! 神楽シリーズの最推しになっていて……。もしドラマ化するなら式見クンに配役してほしいな~。あっ、式見クンって前オリコンにランクインした、グレーゾーンって曲歌っているアイドルグループのメンバーなんです。センターなんですよ~」
「……」
東海林は苦笑しつつ湯飲みを両手に取り一口飲んだ。
「天野さんを眺めていると、自分の悩みがちっぽけに思えます」
「えっ、悩み? 悩み相談だったんですか?」
まさか、東海林にプライベートで相談されるとは考えもしなかった。その逆──自分が泣きつくなら有り得るどころかすでにやらかしているのだが。
とはいえ、信頼されているのだと思うと嬉しい。ひどく嬉しい。勢い余ってテーブルに身を乗り出し、「なんでも相談してください!」と鼻息荒く迫る。
「東海林先生の頼みならなんでも聞きますから!」
「それはありがたい」
東海林は湯飲みを置き永夢を見つめた。
黒に近い濃い茶の眼差しに永夢の心臓がドキリと鳴る。
動きやすいからとお団子ヘアにTシャツにパーカー、ジーンズなどではなく、もっと可愛い服装にすればよかった。東海林はカジュアルなデザインとは言え、ジャケットを羽織ってきているのにと後悔していると、沈黙の狭間にとんでもない爆弾発言が落とされた。
「私の恋人になってほしいんです」
「……へ?」
約十秒間、東海林が何を言っているのかが理解できなかった。




