大人のおやつ(4)
東海林は苦笑しつつも缶ビールを二本冷蔵室から取り出した。
「天野さんには敵いませんね」
同じタイミングでダイニングテーブルを挟んで腰掛ける。
テーブルの中央には大皿に盛られた小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ。それぞれの席の前には缶ビールとグラス。
二人は蓋を開けるが早いか縁を合わせた。
「かんぱーい!」
永夢はビールをグラスに注ぐ東海林をよそに、ええい、煩わしいとばかりに直に呷った。
「く~っ!!」
まだ日が出ているうちから飲むビールには背徳感がある。だからこそなお美味い。アメリカ禁酒法時代に密造酒を口にしたお尋ね者も同じ心境だっただろう。
イケないことをしちゃってる感が一層喉越しをよくするのだろうか。ダメ人間バンザイ!という気分になる。
炭酸で喉から胃がビリビリしたが、収まるのを待ち切れずにベビーホタテと枝豆のかき揚げを摘んだ。調味料はシンプルに塩だ。
外はさっくり、中はふんわりとした歯ざわりに、「これだよ、これ!」と頷く。ホタテのしっかりとした旨味と枝豆のほのかな甘み、塩からさの絶妙の組み合わせには思わず頬を押さえそうになった。
「もう、これビールのおつまみにピッタリですね」
広々とした窓のカーテンの間から見える、六月の東京の青空もいいつまみだ。もう時期梅雨入りするとは思えないほどカラリと晴れている。
続いて野菜のかき揚げを口に放り込む。
実家でも食べ慣れていたはずだったが、同じ材料、同じ調理法でも微妙に違う。母の、いわゆるおふくろの味は玉ねぎが多かった。母自身がニンジンが好きではなかっただろう。
一方、東海林のかき揚げはニンジンもバランスよく混ぜられている。三つ葉の香味もいいアクセントになっていた。
丁寧で計算された東海林らしい味だった。
いずれにせよ美味しすぎて、大人のおやつは癖になりそうだ。
東海林と競うように鮎の天ぷらの山を切り崩すうちに、あっという間に缶ビールがなくなってしまう。
「あっ、そうだ」
名案が閃いたので玄関へ飛んでゆき、あるブツを手にリビングダイニングに戻った。
「先生、ここはひとつ等価交換ということで!」
鮎の天ぷらの大皿とかき揚げの大皿の間に、高岡からもらった温泉プリンを恭しく置いて見せる。
「等価交換?」
「この温泉プリン、すご~く美味しいんですよ。お値段一個約四百円! ほらほら、容器もお高そうでしょう」
プリンとの名詞と美味しいとの形容詞に切れ長の目の端がピクリと反応した。なるほど、どうも好物らしい。
可愛くてついニヤニヤしてしまう。もちろん、東海林先生はプリンが好きとしっかり覚えておいた。
「確かに、ケーキ屋のプリン並みですね」
永夢は勝利は我にと確信し、間髪入れずに一気に畳み掛けた。
「お代官様、こちらの山吹色の菓子で便宜を図っていただけませんか」
もちろん、揉み手は忘れなかった。
永夢の意図に気付いたのだろう。東海林が唇の端を上げニヤリと芝居がかった笑みを浮かべる。
「越後屋、そちも悪よのう」
東海林は永夢と入れ替わるようにリビングダイニングを出て行き、戻る頃には缶ビールを二本手にしていた。もう一本は自分の分らしい。
「褒美を取らせよう」
銀色の缶が箸置きの隣に置かれる。
永夢がノリノリで「お代官様こそ」と頷きつつプルタブを引くと、東海林も新たなビールをグラスに注いだ。
「天野さんの食べっぷり、飲みっぷりを見ているうちに、私ももう一本ほしくなりました」
黒に近い濃い茶の瞳にはドキリとするほど優しい光が浮かんでいた。
「一人より二人の方がずっと美味しく感じますね」
「……そうですね」
瑞雲楼での一人上げ膳据え膳の酒池肉林もよかったが、東海林と一緒の大人のおやつはもっと美味しい。もっと楽しい。
永夢は照れ隠しにビールを呷った。




