元推し(1)
ファン魂にとどめを刺され和卓に突っ伏す。口から魂が抜け出ていく気がした。
「天野さん、大丈夫ですか!?」
「あっ、ハイ、お構いなく。こちらの一方的な都合です。お騒がせしました……」
まさか、スキャンダルの相手の美奈月と結婚していたとは。
六年前、空也は美奈月との関係が最悪な形で発覚した。美奈月が自宅マンションで睡眠薬を飲み、浴槽で手首を切って自殺未遂をしでかしたのだ。その第一発見者が空也だった。
おまけに空也は事件当日、美奈月のマンションを訪ねたところを、某週刊誌の記者に隠し撮りされている。MUSASHIが所属の事務所は週刊誌との駆け引きがうまくいかなかったのか、その記事は掲載され、二人の関係が明るみに出てしまった。
当時世間は空也がモラハラをしていたのではないか、それともDVか、いずれにせよ男の風上にも置けないと、なんの証拠もないのに面白おかしく騒ぎ立てた。
空也が所属していた芸能事務所マグリットは人気男性アイドルグループを何組も排出している。アイドルたちは恋愛禁止というわけではないそうなのだが、やはり女性ファンが離れるからだろう。交際を公にすることはない。また、倫理に反する女性問題を起こした場合には解雇されることがほとんどだった。
空也は美奈月を追い詰めたことが問題視され、解雇され、芸能界から姿を消したのだが──
まさか高岡万次郎、岡田空也が上杉空也本人だったとは。
ファンだった時代なら考えもしなかっただろうが、脳裏に「話題性」の三文字が浮かび、編集者としての打算が働く。
高岡万次郎の正体は芸能界から姿を消した上杉空也──元アイドルで現温泉旅館の若旦那。間違いなく話題性がある。
MUSASHIの他のメンバーはまだ活動しており人気も高い。関連付けることはできないか。あるいは女性週刊誌などで対談を組めるよう掛け合う。
もちろん、小説は本来面白さや芸術性が評価され売れるべきだ。「蛍殺し」にはその価値があると思う。しかし、無名の新人よりも元芸能人が執筆したと銘打つ方が確実だ。
問題は過去の美奈月とのスキャンダルだが、もう何年も前の話だ。責任を取って結婚し、真面目に働いているのなら、世間の反発や炎上は抑えられるのではないか。逆に好感度が高くなることもあり得る。
高岡にとっても悪い話ではないはずだ。小説が売れれば印税は入るし、瑞雲楼の宣伝にもなるかもしれない。
永夢は和卓に手をつき前のめりになった。
「空……高岡先生、ご提案が」
ところが、まだ何も言っていないのに、高岡は首を横に振ったのだ。
「今回は僕が天野さんお会いしたかった理由は、これ以上僕が上杉空也だったことが隠し通せないと感じたからです」
永夢自身はさっぱり覚えていないのだが、電話で打ち合わせをした際、何度も「上杉空也と同じ名前ですね」「声もなんとなく似てる」「私大好きだったんです」などと、黄色いキャピキャピした口調で連呼したのだとか。
高岡はすでに永夢が過去の自分に気付き、探りを入れているのではないかと疑った。だから、交渉しなければならないと、永夢を呼び出したのだと。
「僕は上杉空也だったと公にするつもりはありません。もし、それで出版が不可能になるのなら、残念ですが今のうちに辞退させていただきます」
「えっ!?」




