第7話:平穏の買い出し、そして教室への帰還
「東町三丁目交差点」で立ちすくむ生存者たちの視線を背に、悠人はひたすら校舎へと向かって歩いていた。
トートバッグの中で、ペットボトルの麦茶がカチャリと音を立てる。
焼きプリンも揺れているはずだが、倒れないように大事に抱え直した。
「よしよし、崩れてないな。冷たいうちに食べないと」
悠人にとって重要なのは、世界がどう変貌したかではなく、目の前にあるプリンが美味しい状態で食べられるかどうかだ。
壊れた校門をくぐり、がれきが散乱する校庭を横切る。
先ほどまでうろうろしていた角生えの犬っぽい魔物の姿は消えており、静まり返った校舎が迎えてくれた。
ベタベタする廊下を慎重に歩き、悠人は「2年B組」の引き戸をガラガラと開けた。
教室内の空気が、一瞬で凍りついた。
教壇の前で生徒たちに警戒を指示していた桐島蓮をはじめ、窓際に身を寄せていた生徒たちが一斉に息をのむ。
全員の視線が、悠人の手元にあるトートバッグ――彼らにとっては「危険な単身強行偵察によって回収された貴重な高価値物資」――へと注がれた。
「あ……天羽……っ! 無事だったのか……!?」
桐島が息をのんで駆け寄ってくる。
その顔には、圧倒的な驚愕と敬意が混ざり合っていた。
「おう。ちょっと混んでたけど、普通に買ってきたわ」
悠人は何事もなかったかのように自分の席――窓際の一番後ろへと歩を進めた。
席の隣では、佐伯葵が目を丸くして立ち尽くしている。
「ちょっと、悠人くん……! 本当に一人で行ってきたの!? 外、魔物の怒号とか爆音とかすごかったのよ!?」
「ああ、なんか途中の交差点で犬とか豚の化け物みたいなのが騒いでたな。邪魔だったからどいてもらったけど」
悠人の「どいてもらった」という軽い一言。
しかし、その直後だった。
教室の扉が勢いよく開き、顔を蒼白にした山崎健太が跳び込んできたのだ。
「み、みんな……っ! た、大変だ……っ!!」
山崎の叫び声に、教室中がざわめく。
桐島が眉をひそめて問いかけた。
「どうした山崎! 何があった!?」
「あ、アパートのベランダから見えたんだ……ッ! 外の路地裏にいた巨体ネズミも……コンビニの中にいたあのデカいオーク・バーサーカーも……ッ!」
山崎はガタガタと震える指で、のんきにトートバッグから麦茶を取り出している悠人を指さした。
「天羽が一瞬で……! 呪文もなしに、手すら触れずに……全員『消滅』させたんだよ……っ!!」
「「「な、なんだってー―――っ!?」」」
教室内に激震が走った。
「オ、オーク・バーサーカーだって……!? あの近隣のボス級の魔物だぞ!?」
「それを……手も触れずに消滅……!?」
「やっぱり『麦茶とプリンの買い出し』なんて言ってたのは、俺たちに余計な恐怖を与えないための気遣いだったんだ……!」
「なんて圧倒的で、底知れない男なんだ……天羽悠人……!!」
勝手な脳内補正と勘違いが、教室全体へと瞬く間に伝染していく。
当の悠人はというと、クラスメイトたちの狂乱を完全にスルーし、ペットボトルのキャップをコクコクと回していた。
「ふぅ……冷えてて美味いな、麦茶。……ん? なんだよみんな、そんなに俺のプリンが羨ましいのか?」
悠人が心底不思議そうに首を傾げると、周囲の生徒たちは「ひっ……!」と息をのんで一歩後退した。
(『プリンが羨ましいのか』……!? あれは『軽々しく俺の領域に踏み込むな』という警告か……!?)
(触れちゃいけない……あの男はやっぱり、世界の理すら書き換える『絶対者』だ……ッ!)
悠人のマイペースな一口が、周囲の誤解をさらに不動のものへと変えていくのだった。




