第51話:エリートのライバル宣言と、冷めかけた缶コーヒー
校門前の横断歩道は、相変わらずひどい惨状だった。
ひび割れたアスファルトのあちこちから不気味な紫色の蔦が生い茂り、倒れた街灯の脇には、先ほど俺が【微弱念動】の連射で追い払ったばかりの「アーマーアスカラベ」の硬い甲殻が転がっている。
そんな荒れ果てた通学路の真ん中で、一人の男が腕を組み、仁王立ちしていた。
仕立ての良さそうなブレザーの制服。一筋の乱れもない綺麗な銀髪。
そして何より、その背後に漂う、周囲の空気をピリつかせるほどの圧倒的なプレッシャー。
隣校の有名能力者――白銀玲司だ。
「……待ちわびたぞ、天羽悠人」
白銀はゆっくりと眩しい視線を俺に向け、口元に冷酷な笑みを浮かべた。
「この近隣地域で、たった一人で単体固有種の魔物を打倒し続けている謎の男がいると聞いた……。佐伯葵すら一目置くという噂の主が、まさかこんな冴えない男だったとはな」
「…………」
俺は片手に持った缶コーヒー(微糖)に視線を落とした。
自動販売機の横でアーマーアスカラベと押し問答をしている間に買い、せっかく温かいうちに飲もうと思っていた缶コーヒーだ。
だが、白銀の放つ異様な熱気と圧迫感のせいで、どんどんぬるくなっていく。
「あのさ、白銀だっけ。そこどいてくれない? 校門くぐれないんだけど」
「ふっ……余裕を崩さないつもりか。だがそれもここまでだ」
白銀は俺の言葉を綺麗にスルーし、右手をすっと天にかざした。
次の瞬間、彼の周囲の空間がぐにゃりと歪む。
視界を埋め尽くすほどの白い冷気が噴き出し、横断歩道の表面が一瞬でツルツルの氷床へと変わり果てた。
「俺のスキルは【絶対氷結】。選ばれし者のみが宿す、最上位の氷属性攻撃スキルだ。熟練度もすでにLv.4まで高めてある。一瞬で半径五十メートルの生命活動を停止させる力を秘めている」
誇らしげに語る白銀。
氷の結晶が彼の周囲で優雅に舞い踊り、まるでライトノベルの主人公のような絵面になっている。
「俺は貴様をライバルと認めた! 近い将来、どちらがこのエリアの覇者となるか……ここで明確な差を見せつけてやる!」
「へー、すごいなー」
俺は棒読みで返し、缶コーヒーのプルタブをチッと引っ張った。
ゴクゴクと喉を鳴らして半分ほど飲み干す。うん、冷めてきてるけど味は悪くない。
「……おい。貴様、聞いておるのか!?」
「聞いてる聞いてる。冷気ね。でもさ、地面凍らせたら通学するみんなが滑って転ぶだろ。佐伯さんとか真面目だから、毎朝ここを走って登校してくるんだぞ」
「佐伯葵だと……? 貴様、命がけのサバイバルの中で、そのような下らぬ日常の配慮を口にするか!」
白銀が青筋を立てて憤慨した、その時だった。
ガラガラガラガシャーン!!
校門のすぐ脇にあるブロック塀が、凄まじい衝撃音とともに崩れ去った。
「ブモオォォォォォォッ!!」
煙の中から躍り出たのは、体長三メートルを超える巨体を持った怪物――『アーマード・オーク』だった。
全身を重厚な鉄の装甲で固め、右手には人間の胴体ほどもある巨大な鉄球を握りしめている。
「チッ、野良の大型種か……! ちょうどいい」
白銀は口元を歪め、俺に向かって挑発的に叫んだ。
「見ているがいい天羽悠人! これが真のエリート能力者と、貴様のような野良生存者の『格の違い』だ! 【絶対氷結】――ッ!!」
白銀が手を掲げ、渾身の力を込めてスキルを発動した。
猛烈な吹雪が巻き起こり、アーマード・オークの足元から一気に凍りついていく。
巨大なオークの体が氷漬けになり、動きが完全にピタリと止まった。
「ふははは! 見たか! レベルの高いスキルは、クールタイムとMP消費に見合うだけの圧倒的絶望を魔物へ叩き込むのだ!」
白銀は肩で息をつきながら、勝ち誇ったように胸を張る。
どうやらあの氷結スキル、一発打つだけで相当なMPを消費し、再使用までに数十秒のクールタイム(CT)が発生するらしい。
なるほど、世間の「優秀なスキル使い」というのは、ああやって一発の大技を命がけで撃ち込んでいるわけか。
だが――。
パキ、パキパキッ……!
「……ぬ? なにっ!?」
白銀の顔色が変わった。
氷漬けになったアーマード・オークの表面に、ミシミシと亀裂が入っていく。
装甲に覆われたその肉体はあまりに頑丈で、白銀の最高火力の氷結をもってしても、完全に致死ダメージを与えるには至らなかったのだ。
「ブモォォォォッ!!!」
バリィィィンッ! と氷を粉砕し、赤く目を血走らせたアーマード・オークが解き放たれる。
そして、スキル発動後の隙(クールタイム中)で動けない白銀に向かって、巨大な鉄球を振り上げた。
「くっ、しまっ……! クールタイムがまだ明けていな……っ!?」
白銀の顔から余裕が消え去り、絶望の色が浮かぶ。
俺は溜息をつきながら、残りの缶コーヒーを飲み干した。
(あーあ、せっかくの氷で缶コーヒーが冷えすぎちゃったじゃんか)
空になったスチール缶を左手に持ち、右手を雑にアーマード・オークへと向けた。
(氷を溶かして、ついでに邪魔な装甲ごと吹っ飛ばすか)
思考と同時に、胸の奥のスイッチをノータイムで高速連打する。
【熱素発生(極微)】×20,000回重畳。
【微弱念動(極小)】×20,000回重畳。
秒間数万回のノータイム連射。
次の瞬間――ドスゥゥゥゥゥンッ!!!!
「ガハッ!??!?」
アーマード・オークの全身の鉄装甲が、一瞬で数千度に達した超高熱によって真っ赤にドロドロに溶け出した。
それと同時に、質量を無視した数万回重複の衝撃波が、目に見えない巨大な鉄槌となってオークの巨体を真横から殴りつける。
ズドバァァァァンッ!!
鉄球もろとも、アーマード・オークは十メートル以上吹き飛び、校門横の防音壁にめり込んでそのままピクリとも動かなくなった。
『経験値を獲得しました』
『【熟練度】を獲得:52/10,000,000』
(相変わらず熟練度の要求量が頭おかしいな……)
脳内のステータス表示を消し、俺は空き缶をゴミ箱に投げ入れた。綺麗にスポッと収まる。
「……え?」
間一髪で助かった白銀玲司は、地面にへたり込んだまま、目の前の光景が理解できないといった様子で口をぐぐっと開けていた。
「な……んだ……今のは……? 詠唱も、魔法陣も、スキルの予兆すら無かったぞ……? それに、あの頑丈なアーマード・オークを、一瞬で溶かして吹き飛ばすほどの超火力……何ミリ秒で発動した……!?」
「ん? いや、ただの熱と風圧だよ。それより白銀さ」
俺は屈み込み、白銀の目線に合わせるように覗き込んだ。
「地面の氷、早く溶かしておいてくれよな。佐伯さんが滑って転んだら危ないから」
「あ……あ……っ……!?」
白銀はプライドを根底から打ち砕かれたような顔で、震える手で地面を指差した。
「貴様……! 貴様は一体何者なんだ……!? なぜクールタイムが存在しない!? なぜそれほどの力を持ちながら、そんな平然とした顔で登校している!!」
「何者って……ただの高校二年生だけど。じゃ、俺始ホームルーム遅れるから行くわ」
俺は背中のデイパックを背負い直し、呆然とする白銀を置いて、ガラガラの校門をくぐった。
背後で白銀が何か叫んでいたような気がしたが、予鈴のチャイムが鳴り響いたので無視した。
一人暮らしのサバイバルにおいて一番大事なのは、遅刻して先生に怒られないことだ。
「おはよう、天羽くん! って、校門の前で何かすごい音がしなかった!?」
下駄箱のところで、息を切らした佐伯葵が駆け寄ってきた。
「ああ、佐伯さん。おはよう。なんでもないよ、ちょっと外で巨大な氷が砕けただけ」
「氷……? まあいいわ、早く教室行かないと担任の先生、魔物より怖いんだから!」
「そうだな。平和が一番だ」
俺はマイペースに階段を上り始めた。
勝手にライバル視してくるエリートが現れようが、世界がどれだけ狂おうが、俺の日常は今日もいつも通りだ。




