第50話:【スキル:神】と微小風化
「おい、見たか……? あそこの旧市街区、また『古代兵器』が出出没したらしいぞ」
「マジかよ……先週も自衛隊の戦車部隊が全滅させられたって言われてるあいつか?」
「ああ。あらゆる現代兵器を跳ね返す超高密度の古代合金フレームでできた、文字通りの『歩く要塞』だ。普通の能力者が束になっても傷一つつけられねぇよ」
放課後の夕暮れ時。
校門を抜けたあたりの街頭モニター前で、通りすがりの探索者らしき男たちがひそひそと噂話を交わしていた。
俺――天羽悠人は、購買で買った焼きそばパンを頬張りながら、その横を通り過ぎる。
(ふーん、歩く要塞ねぇ。まあ、俺の通学路や買い出しルートに被ってなきゃどうでもいいけど)
両親は県外に出張中で不在。
家には俺一人しかいないため、今日の夕飯の材料をスーパーで買って帰るという重大なミッションが俺には残されている。
「天羽くん、ちょっと待ちなさい!」
背後からパタパタと走り寄ってきたのは、クラスメイトで学級委員長の佐伯葵だった。
制服の袖を少し捲り上げ、腰の短杖を確かめるように触れながら、俺の顔を覗き込んでくる。
「何? 佐伯さん。俺いまからスーパーのタイムセールに行くんだけど」
「タイムセールどころじゃないわよ! さっきのニュース見たでしょう? ここから二つ隣の区区画……私たちがいつも使っている大型スーパー『サンシャイン』のすぐ目の前に、SS級指定の災害兵器が現れたのよ!」
「え……サンシャインの前に?」
俺は思わず足を止めた。
「あそこ、今日卵がパック100円の日なんだぞ……?」
「食い意地が凄まじいわね!? っていうか、ポイントはそこじゃないわ! 相手は数千年前の超古代文明が残したとされる自動殺戮兵器――【プロト・エンシェント・ガーディアン】よ! すでに周辺一帯は避難勧告が出されていて、警察もギルドも手を付けられない状態なの!」
「マジかぁ……卵が買えないのは痛いな」
「だ・か・ら! 危険だから今日は遠回りして帰りましょうって言ってるの! 分かった!?」
葵が必死の形相で俺の袖を引っ張る。
だが、俺の頭の中はすでに「今日の晩飯のすき焼き(卵必須)」のことでいっぱいだった。
「まあまあ、見るだけ見てみようぜ。案外もう誰かが倒してるかもしれないし」
「ちょっと、天羽くん!?」
制止する葵の声を振り切り、俺は軽快な足取りで『サンシャイン』のある駅前大通りへと向かった。
現場に到着すると、そこは惨状と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
アスファルトはめくり上がり、街灯や電柱はなぎ倒されている。
スーパー『サンシャイン』の巨大な看板のすぐ下に、重厚な漆黒の金属で組み上げられた全高十メートルを超える巨大人型兵器が鎮座していた。
表面には奇怪な古代文字が発光しており、右腕の巨大な超振動ブレードと、左腕の多連装プラズマ砲が唸りを上げている。
「ガガ……目標……排除……人類個体……殲滅……」
無機質な機械音声が響くたび、周囲の空間が微振動する。
「ひっ……! ダメよ天羽くん、引き返して! あれはマジでヤバい奴よ!」
葵が青ざめた顔で俺の影に隠れる。
その時だった。
「――全員、下がっていろ! この場は我々『聖華ギルド』が引き受ける!」
威風堂々とした声とともに、十数人の武装した能力者集団が現場に突入してきた。
先頭に立っているのは、白銀色の重厚な鎧を纏った金髪の青年だ。
手には大剣を携え、その全身からは尋常ではない魔力の波動が立ち上っている。
「あれは……! 隣町の聖華学園の生徒会長で、若手No.1探索者と名高い『白銀 玲司』……!」
葵が息をのむ。
白銀玲司は不敵な笑みを浮かべ、背後の部下たちに命じた。
「バフ班、支援魔法を展開しろ! 前衛は俺の【極限硬化】のバリアに続け! こんなポンコツロボット、俺たちの連携で一瞬で屑鉄に変えてやる!」
「「「おおっ!!」」」
威勢よく飛び出していくエリート集団。
白銀の剣が眩い光を放ち、ガーディアンの脚部へと叩きつけられた。
――ギィィィィィンッ!!!!
金属が激突する凄まじい高音が響き渡る。
しかし、ガーディアンの漆黒の装甲には、擦り傷一つすらついていなかった。
「な……なんだと!? 俺の『ディバイン・スラッシュ』が……刃立ちすらしないだと!?」
白銀が目を見開く。
「ガガ……脅威度・低。反撃を開始……」
ガーディアンの左腕の多連装プラズマ砲が赤く輝き、白銀たちに向かって容赦なく薙ぎ払い放射された。
ドカァァァァァァンッ!!!!
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁっ!?」
一撃。
たった一撃のプラズマ放射によって、白銀の誇るエリート部隊は一瞬で半壊し、瓦礫の山へと吹き飛ばされた。
白銀自身も鎧を大きく破損させ、膝をついて血を吐いている。
「クソッ……バカな……! この俺の【極限硬化】の防御すら易々と貫くというのか……!? 古代の超合金の硬度は……概念の域に達しているというのか……!」
絶望に打ちひしがれる白銀。
ガーディアンはゆっくりと歩み寄り、右腕の超振動ブレードを白銀の頭上へと振り上げた。
「ターゲット……消去……」
「しまっ……逃げられ……っ!?」
死を覚悟し、目を瞑る白銀。
その時――ふわりと、焼きそばパンのソースの匂いが白銀の鼻腔をくすぐった。
「よっと」
すっと白銀の前に割り込んだ俺は、振り下ろされる巨大人型兵器の超振動ブレードに向けて、何気なく右手をかざした。
「おい、君!? バカか、逃げろ! そんな生身の手で防げるわけが――」
白銀の制止の声。
俺は脳内の【スキル:神】を起動していた。
『日課のスキル育成ストック完了。新能力を解放します』
無機質なシステムアナウンスとともに、新たな個別能力が提示される。
【微小風化 Lv.1】
効果:指定した対象(物質・金属・結晶構造)の経年劣化および風化スピードを0.001%加速させる。
(ふむ……【微小風化】か。金属をほんのわずかにサビやすくしたり、石を脆くしたりする程度の、これまた地味なゴミスキルだな)
対象の経年風化をたったの0.001%早めるだけ。
数千年も風化に耐えてきた超古代合金に対して使ったところで、数十分放置してようやく表面に目に見えないほどのホコリがつく程度のハズレスキル。
だが――
(MP消費ゼロ。クールタイムゼロ)
この反則仕様のもとでは、話が一切変わってくる。
(数千年の時を耐えた超合金の風化スピードを0.001%加速……これを秒間数十万回重ね掛けしたら、このロボットは何万年分の時を越えることになる?)
俺は白銀の目の前で、凶悪な笑みを浮かべた。
「風化しな。数万年分くらい一気にさ」
連射開始。
発動、発動、発動、発動、発動、発動、発動――――ッ!!
【微小風化 Lv.1】× 500,000回重層発動。
――ボササササササササササササッ!!!!
一瞬だった。
白銀の頭上に振り下ろされていた凶悪な超振動ブレードが、俺の手前に触れる直前で、まるで「乾燥した砂の城」のように崩れ落ちたのだ。
「ガ……ガガ……!? エラー……装甲劣化……構造維持……不可能……!?」
ガーディアンの体内から悲鳴のような機械ノイズが漏れ出す。
50万回の重ね掛けによって、ガーディアンの全身を構成していた超古代合金は、一瞬にして『数億年分の経年風化』を強制的に叩き込まれた。
光り輝いていた漆黒の金属肌は、瞬く間に赤サビとヒビでボロボロになり、内部の精密回路や動力炉は一瞬で朽ち果てて泥状の粉末へと変わっていく。
「ガガ……ッ……」
ゴボッ、という音とともに、十メートルを超える巨大人型兵器は、まるで風化した砂漠の遺跡が崩壊するように、俺の目の前でパラパラと赤茶色の『ただの砂とサビの山』へと変わって消滅した。
シュゥゥゥゥ……と、夕風が吹き抜け、赤サビの粉末が静かに舞い散る。
「よし、撃破完了。これで買い物に行けるな」
俺は満足そうに頷き、ポケットに手を突っ込んだ。
『実績:[時の支配者(疑似)]を獲得しました』
『【スキル:神】の成長値が蓄積されました』
脳内のログを横目に、俺はスーパーの入り口へと歩を進めようとする。
だが――
「な……なな……なんだ……今のは……!?」
背後から、血を流しながら立ち上がった白銀玲司の、引きつった叫び声が響いた。
「超古代合金の完全風化……!? 数千年間、傷一つつかなかった神話級の装甲を……ただの手ざわり一つで砂に変えただと……!?」
白銀はガタガタと震える手で俺を指さした。
「き、君は一体何者だ!? どこのギルドの所属だ!? どんなSSS級スキルを使ったらそんな芸芸芸当ができるんだ!?」
「ん? 俺? ただの高校生だけど。スキルは……まあ、地道に育ててる【スキル:神】ってやつかな」
「す、スキル神……!? 聞いたこともない……! くっ……まさか、俺たちエリートを嘲笑うために正体を隠している裏の最高幹部なのか……!?」
勝手に深読みして一人で顔を真っ赤にしている白銀。
「おい白銀、勝手に人を怪しい奴扱いするなよ。俺はただ、卵が買いたくて来ただけなんだから」
「た、卵だと……!? ふざけるな! そんな下らない理由でSS級災害を瞬殺したというのか!?」
「下らくないだろ、今日の晩飯すき焼きなんだぞ」
俺は呆れ顔で吐き捨てると、まだパニックから抜け出せていない葵を呼び寄せた。
「佐伯さん、行くぞ。店内混む前に卵確保しないと」
「あ……うん……天羽くん……もう私、何が起きても驚かないって決めたはずなのに……やっぱり頭が痛い……」
葵は疲弊しきった様子で額を押さえながら、トボトボと俺の後をついてくる。
「待ちたまえ! おい、立ち去るな天羽と言ったな! 俺は白銀玲司! この屈辱、絶対に忘れないぞ! いずれ貴様の隠された真の力を暴き、俺が頂点に立ってみせる!!」
背後で白銀が何か青臭い捨て台詞を叫んでいたが、俺は一切振り返らずにスーパーの自動ドアをくぐった。
群れるのも、他人の視線も、ライバル気取りの奴も興味はない。
俺はただ、【スキル:神】を地道に育てながら、マイペースにこの不条理な日常を生き抜くだけだ。
「お、ラッキー。卵、まだ残ってるじゃん」
夕暮れのスーパーに、タイムセールのタイムセールを告げる平和なアナウンスが響いていた。




