第48話:【スキル:神】と極微伝導
「天羽くん、お願いだから今日くらいは素直に大通りを通って帰らない?」
夕暮れの街並みを背に、佐伯葵が呆れ顔で溜息をついた。
「いやいや葵ちゃん、このあさひヶ丘変電所裏の送電塔エリアを通るルートが、一番混雑を避けられて駅前まで出られる最短バイパスなんだって」
「最短なのは認めるけれど……ここ、最近雷系の高位魔物が集まってきてるってJDA(日本ダンジョン対策局)から注意喚起が出てるのよ?」
悠人と葵が歩いているのは、高圧送電線が頭上を交錯する広々とした空き地エリアだ。
巨大な鉄塔が夕日に照らされ、どこか物悲しい雰囲気を醸し出している。
「雷系かぁ。まあ静電気バチバチするくらいなら、気をつければ大丈夫じゃない?」
「そういうレベルじゃないわよ! 噂じゃ、変電所の高電圧に引き寄せられた天災級の――」
バチバチバチッ……!
葵の言葉を遮るように、突如として周囲の空気が重く痺れるような過剰な電荷を帯び始めた。
頭上の高圧送電線から青白い火花が散り、周囲の空間全体がバチバチと鳴り響く。
「っ……!? 天羽くん、下がって!」
葵が咄嗟に短杖を構える。
空中に発生した黒雲から、巨大な紫色の雷光が落雷した。
凄まじい衝撃音とともに地面が爆砕し、その光の中から立ち現れたのは、全身から億ボルト級のプラズマと雷雲を纏った巨大な雷獣――【ギガ・ヴォルテックス・ライジン】だった。
「やっぱり出た……! 天災級、SSランク指定の『ギガ・ヴォルテックス・ライジン』……!」
葵の声が緊張で震える。
「億ボルトの雷雲とプラズマ放電を自在に操る魔物よ! あの超高電圧の広域放電は、半径一キロ以内のあらゆる生物の神経系を一瞬で焼き切り、即死させるわ……!」
――グルゥゥゥゥオオオオオッ!!!!
雷獣が咆哮を上げると同時に、その背中の雷雲から数百本の落雷が狂ったように周囲へ叩きつけられた。
アスファルトが弾け飛び、高圧送電塔の鉄骨が一瞬で白熱・溶融していく。
「葵ちゃん、あぶない!」
「くっ……『ウインド・スラッシュ』!」
葵が放った風の刃は、雷獣の周囲を覆う高密度のプラズマ層に触れた瞬間、超高圧放電によって一瞬で分解・消滅させられた。
「ダメ……! エネルギー密度が高すぎて、私の攻撃魔法じゃ届きもしない……! それに、あんな広範囲の雷撃、避ける場所なんて――」
「葵ちゃん、俺の後ろに」
悠人が静かに葵の前に出た。
「天羽くん……!?」
雷獣が悠人を最大の脅威(あるいは格好の標的)とみなしたのか、全身の超高電圧集中を開始した。
兆ボルトにも達する極大の雷光が悠人目掛けて一点集中で放たれる。
光速に近い速度で迫る超高圧の紫電。回避も防御も不可能な絶対の死。
だが、悠人は焦ることなく右手を差し出し、脳内のインターフェースを起動した。
『日課のスキル育成ストック完了。新能力を解放します』
頭の中に無機質な通知が響き、新たな個別能力が解放された。
【極微伝導 Lv.1】
効果:指定した対象・媒体の電気伝導率(導電性)を0.001%上昇させる。
(ほう……【極微伝導】か。物質の電気の通しやすさを、ほんのちょっとだけ上げるスキルだな)
通常であれば、電子基板の微調整程度にしか使えない超地味なハズレスキル。
電気伝導率をたった0.001%上げたところで、雷のダメージが減るわけでもない。
だが――
(MP消費ゼロ。クールタイムゼロ)
悠人は不敵な笑みを浮かべ、直撃する雷光と雷獣自身に向けて思考速度の連射を開始した。
(空気と雷獣の体内、そして送電塔の地中接地線に向けて……伝導率を超超極大化!)
発動、発動、発動、発動、発動、発動、発動――――ッ!!
【極微伝導 Lv.1】× 100,000回重層発動。
――バチィィィィィィィィンッ!!!!
次の瞬間、世界から「雷の恐怖」が消え去った。
悠人に向かって放たれた億ボルトの極大雷光は、悠人の身体に触れる直前、完全に超伝導体(絶対導電状態)と化した「周囲の空気」をバイパスし、そのまま地面の超高伝導領域へと吸い込まれるように流れて消えた。
まるで、見えない強力な避雷針が何千本も作動したかのように。
「え……? 雷が……逸れた……!?」
葵が目を丸くする。
さらに悠人は、雷獣自身に向けてスキルを連続発動した。
【極微伝導 Lv.1】× 300,000回重層発動。
「ガ……ギギッ!?」
雷獣『ギガ・ヴォルテックス・ライジン』の体内で、異常事態が発生した。
本来ならば絶妙な生体絶縁バランスによって制御されていた体内放電機構が、全細胞の絶対導電化によって完全崩壊。
体内に蓄積していた兆ボルト級の超高圧電撃が、自分自身の超伝導化した心臓・脳・神経系を一瞬で逆流・駆け巡ったのだ。
――ドカァァァァァンッ!!!!
自らが生み出した過剰な電磁エネルギーによる内部暴走(超電磁崩壊)。
雷獣は一声の叫びすら上げられず、内側から激しい紫電の爆発を起こし、そのまま黒焦げの灰となって砕け散った。
『実績:[超伝導の支配者]を獲得しました』
『【スキル:神】の成長値が蓄積されました』
脳内に流れるログを確認し、悠人はゆっくりと差し出した手を下ろした。
「ふぅ。電気の通り道をしっかり作ってあげたら、勝手に逃げてくれたな」
「………………」
葵は開いた口が塞がらない様子で、黒焦げの灰と化したSSランク魔物の跡地を見つめていた。
「天羽くん……あなた、今度は何をしたの……? 億ボルトの雷撃が無効化されるどころか……雷の魔物が自分で放電して自爆したんだけど……?」
「ん? ちょっと電気の通りを良くしただけだよ。ほら、導体を作ってやれば雷は一番通りやすいところに流れるだろ?」
「その『通りやすくした』基準が頭おかしいのよ! 空気を超伝導体にして雷をコントロールするなんて、物理法則に対する暴言でしょ!?」
葵の悲痛なツッコミが、夕空に響き渡った。
「まあまあ、結果オーライじゃないか。ほら、変電所も壊れずに済んだし」
「……はぁ。もういいわ、あなたの不条理には慣れたつもりだったけれど、毎回更新してくるのは反則よ……」
葵は疲れたようにため息をついたが、すぐに安堵した表情を見せ、悠人の隣に並んだ。
「さ、暗くなる前に帰りましょ。今日もおごってもらうわよ」
「えっ、俺の奢りなの!?」
「当たり前でしょ、精神的疲労の慰謝料よ!」
二人の楽しげな会話が夕暮れの街に溶けていく。
地道に育てる神スキルとともに、悠人の常識外れな日常はこれからも続いていくのだった。




