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起きたら通学路に魔物がうろつくようになりました。  作者: K4


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第46話:【スキル:神】と微少加湿

「んー、今日も一段と風が気持ちいいな」


夕暮れ時の河川敷。

土手沿いの遊歩道を、俺――天羽悠人は鞄を片手にゆっくりと歩いていた。


茜色に染まる空と、川面に反射するオレンジ色の光。

どこか遠くでグラウンドの部活が終わる笛の音が聞こえ、秋の涼しい風が前髪を優しく撫でていく。まさに平和そのものの放課後だ。


「天羽くん……お願いだから、もう少し警戒心というものを持ってもらえないかしら」


隣を歩くクラスメイトで学級委員長の佐伯葵が、深くため息を吐きながら言った。

凛とした立ち姿に、制服のスカートを風に揺らす学園のマドンナ。だがその瞳は、周囲の茂みや草むらに鋭い視線を巡らせている。


「警戒心? こんなのどかな河川敷で? ほら見てごらんよ葵ちゃん。カモがスイスイ泳いでて和むじゃないか」


「先週からこの下校ルート一帯は『警戒区域』に指定されているのよ! 次元の歪みから強力な魔物が出没する可能性が極めて高いって、今朝のホームルームでも先生が言っていたでしょう?」


「まあまあ。鬼塚先生の言うことなんて半分くらい脅しだし」


「脅しじゃないわよ! 本当に……どうしてあなたはそんなに能天気なの……」


葵は頭を押さえ、心底呆れたように肩を落とした。


無理もない。

世界に「ダンジョン」や「魔物」が現れ、人々が「スキル」を授かるようになってから、日常は常に危険と隣り合わせになった。

葵のように真面目な人間ほど、いつ魔物が現れてもいいように神経をすり減らしている。


だが、俺がここまで脱力していられるのには理由があった。


俺が持つ唯一の固有能力――【スキル:神】。


初期状態で解放された個別能力は、世間一般では何の価値もないとされる「ゴミスキル」ばかりだ。


・【温熱 Lv.1】:1cmの範囲を10度上げる。

・【微風 Lv.1】:秒速0.5mの微風を出す。

・【微小静電気 Lv.1】:0.001ミリアンペアの静電気。

・【微小消臭 Lv.1】:臭い分子を毎秒0.001%分解する。


どれも単体では役に立たないお遊びレベル。

普通の人間ならMPを消費して一回発動したところで、何の変化も起きずに終わる。


だが――この【スキル:神】には、世界の誰も知らない「壊れ仕様」が存在した。


【消費MP:0】

【クールタイム(CT):完全無欠のゼロ】


発動コストなし。待ち時間なし。

つまり、俺の意識の限界まで「無限に連射・重ね掛け」ができるのだ。


秒速0.5mの微風も、秒間数万回連射すれば音速の空圧衝撃波となる。

0.001ミリアンペアの静電気も、秒間数十万回重ねれば数千万ボルトの落雷に変貌する。


誰も見向きもしないゴミ能力を、無限連射という力技で概念破壊クラスの超威力を叩き出す。

それが、俺の隠された真の力だった。


「あ、そうだ。明日の日直の引き継ぎなんだけど――」


葵がノートを取り出そうとした、その時だった。


――ガバァァァァァァァッ!!!!


川の対岸の空間が、まるでガラスが割れるような不気味な音を立てて亀裂を生み出した。


「っ……!?」


葵が咄嗟に短杖(ショートステッキ)を構える。


亀裂の中から溢れ出てきたのは、空間そのものを焼き焦がすような真っ赤な爆炎と、刺すような超高熱の熱風だった。

河川敷の青々とした草が一瞬で黒く焦げ付き、川の水面が猛烈な勢いで蒸発して白い蒸気を上げ始める。


そして、その火炎の渦の中から巨大な影が姿を現した。


――ルオォォォォォォォォオンッ!!!!


空気を切り裂く高音の咆哮。

現れたのは、全身を赤蓮の鱗で覆われた体長十五メートルを超える巨大な飛竜――火竜種だった。

その太い首の根元は溶岩のように赤く発光しており、溢れ出る熱量だけで周囲の空気の屈折率がおかしくなっている。


「そんな……嘘でしょ……!?」


葵の顔から血の気が引いていく。


「日本ダンジョン対策局の指定データベース……天災級(SSランク相当)の超危険個体……【インフェルノ・フレア・ドレイク】……っ! どうしてこんな場所に……!?」


「インフェルノ・フレア・ドレイク?」


「街一つを灰燼に帰すと言われるほどの超極大火炎ブレスを吐く火竜よ! あんなの、Bランク探索者チームが束になっても勝てない……! 天羽くん、早く逃げ――」


言葉の途中で、火竜が俺たちへその巨大な頭部を向けた。


――グルルルルル……。


火竜の喉元が眩いばかりの紅蓮に輝く。

広範囲を一瞬で焼き尽くす極大の獄炎ブレスが、今まさに放たれようとしていた。


周囲の気温が急激に上昇し、息をするだけで喉が焼けつくような熱気が襲う。


「ダメ……! 攻撃の予備動作が早すぎる……! 私の『ウインド・スラッシュ』じゃ防御すら……っ!」


葵が歯を食いしばり、必死に障壁魔法を構築しようとする。だが、その瞳には焦りと恐怖が色濃く滲んでいた。


(やれやれ……せっかくの長閑な下校時間が台無しだな)


俺は葵の前に静かに一歩踏み出した。


「葵ちゃん、下がってていいよ。ちょっと乾燥が激しいから、潤いを与えてあげるだけだから」


「え……? 潤い……!?」


呆然とする葵を背に、俺は右手を前に突き出した。


脳内の【スキル:神】のシステムインターフェースにアクセスする。


『日課のスキル育成ストック完了。新能力を解放します』


無機質なシステムアナウンスと共に、新しい「ゴミ能力」が俺の意識にセットされた。


【微少加湿 Lv.1】

効果:指定範囲の空気中の水分量を毎秒0.001%増加させる。


(ほう……【微少加湿】か。これまた乾燥肌の人が冬場に欲しがるような、控えめなスキルだな)


空気中の水分をほんのわずかに増やすだけ。

加湿器の代わりにもならないような、まさに典型的なハズレスキル。


だが――


(MP消費ゼロ。クールタイムゼロ)


この条件が重なれば、話は完全に別次元となる。


(空気中の水分を毎秒0.001%増やす……これを空間全体に数億回連射したらどうなる?)


俺は不敵に微笑むと、思考速度を極限まで加速させた。


発動、発動、発動、発動、発動、発動、発動――――ッ!!


【微少加湿 Lv.1】× 100,000,000回重層発動。


――ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


火竜の口から、全方位を焼き尽くす数千度の超高熱獄炎ブレスが解き放たれたのと「同時」だった。


俺の手のひらの前方の空間に、異常な現象が巻き起こった。


大気中の水分が、光速を超えた超連射によって過剰に凝縮・生成され、超高密度の「ウォーター・バリケード」――いや、もはや水という液体の概念を超えた「超高圧水分子障壁」へと変貌したのだ。


ズバアァァァァァァァンッ!!!!


火竜が吐き出した圧倒的な獄炎ブレスが、俺の目の前数十センチの場所で「超高密度水分子障壁」と激突した。


数千度の灼熱の炎と、無限の連射によって生成され続ける超高密度の水。

一瞬にして膨大な水蒸気が爆発的に立ち昇る――はずだった。


だが、連射速度が炎の熱量を遥かに上回っていた。


「ガ……ッ!?」


火竜の目が、信じられないものを見たかのように見開かれる。


どれほど絶大な炎を注ぎ込もうとも、それを遥かに凌駕する速度と密度の「加湿」によって、炎の熱量が分子レベルで瞬時に奪われ、冷やされ、鎮火されていく。


炎は一瞬にして掻き消え、代わりに圧倒的な高圧水流波となって押し返した。


(さらに重ね掛け――圧力を水流波へと変換)


【微少加湿 Lv.1】× 500,000,000回重層発動。


――ザパァァァァァァァァァァンッ!!!!


それはもはや「加湿」などという生ぬるい言葉で表現できる代物ではなかった。

河川敷の川の水全体を軽々と超える、超巨大な津波のごとき超高圧ウォータージェットが、火竜に向かって逆流したのだ。


「ル、ルオォォォォォッ!?」


火竜の巨体が、超高圧の水流によって一瞬で飲み込まれる。


炎を司る火竜にとって、全身の熱エネルギーを根底から奪い尽くす超高純度の「絶対保湿水流」は、まさに致命的な天敵だった。

鱗の隙間から蒸気を上げる間すら与えられず、全身の体温を極絶対零度近くまで一気に奪われ、氷漬けに近い状態となって打たれつける。


ドスゥゥゥゥゥゥンッ!!!!


対岸の堤防に強烈に叩きつけられた火竜は、もはや指一本動かすこともできず、白目を剥いて完全に沈黙した。


周囲には、しっとりと潤った心地よい冷気が漂い、先ほどまでの灼熱が嘘だったかのような静けさが戻ってくる。


『実績:[超潤滑の支配者]を獲得しました』

『【スキル:神】の成長値が蓄積されました』


システムログが流れるのを確認し、俺は満足げに手をパンパンと払った。


「よし、これで乾燥対策もバッチリだな」


「………………」


後ろを振り返ると、葵が棒立ちのまま固まっていた。

開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。


「あ、葵ちゃん? どうかした?」


「天羽……くん…………」


葵が引きつった笑みを浮かべながら、掠れた声で言った。


「今……何が起きたの……? 天災級の火竜が……水責めで一瞬で沈んだように見えたんだけど……」


「ん? だから言ったろ? ちょっと乾燥が酷かったから、加湿してあげたんだよ」


「加湿で天災級の魔物が沈むわけないでしょうがあぁぁぁぁっっ!?」


夕暮れの河川敷に、葵の叫び声が響き渡った。


「なんなのよそれ……! 加湿ってレベルじゃないわよ! 津波よ! ウォータージェットよ! あなた、一体どれだけの魔力を使ったらあんな現象が引き起こせるのよ……!?」


「魔力なんて使ってないよ? MPゼロだし」


「嘘おっしゃい! MPゼロで街一つ滅ぼせる水流が出るわけないでしょ! もう……もう意味が分からないわ……!」


葵は頭を抱えて、その場にへたり込みそうになった。


「まあまあ。怪我もなかったし、結果オーライってことで。さ、暗くなる前に帰ろうぜ」


「……はあ。本当に、あなたと一緒にいると寿命が縮むわ……」


ため息をつきつつも、葵は小さく微笑んで立ち上がった。


赤く染まる夕空の下、俺たちは再び並んで歩き出す。

どこにでもある日常と、少しだけ常識から外れた【スキル:神】の育成。


俺たちの通学路の物語は、まだまだこれからも続いていく。

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