第41話:校庭の異変と、カラカラな新能力
朝の登校風景でSSSランクの怪物を『セロハンテープ未満の粘着力』で空間に固定し、粉砕消滅させてから小一時間。
天羽悠人と佐伯葵は、なんとか遅刻することなく私立立花学園高校の教室へと滑り込んでいた。
「ふぅ……間一髪セーフだったね、佐伯さん」
「『間一髪セーフ』じゃないわよ……! 朝から世界が滅びかけたのよ!?」
自席に着いた葵は、机に突っ伏しながら力なく抗議の声をあげた。
朝一番からSSSランク魔物の降臨と消滅を目撃させられた彼女の精神的疲労は、すでに限界突破している。
周囲のクラスメイトたちは、いつものように委員長が悠人にお説教をしているものと勘違いし、「今日も仲が良いな」などと囁き合っていた。
「はい、全員着席しろー。HRを始めるぞ」
ガラガラと教室の扉が開き、担任の鬼塚源三が入ってきた。
強面でガチムチ体型の鬼塚は、元・Bランク探索者という異色の経歴を持つ生活指導担当だ。
「お前たち、今日の登校中に街で大きな揺れや怪異を見なかったか? 今朝、近隣の河川敷で高密度の魔導反応が感知されたそうだ。JDAが現在調査中だが、しばらくは下校時の単独行動は避けるように」
「先生ー! またすごい魔物が噂になってますけど、うちの学校は大丈夫なんですかー?」
能天気な男子生徒が手を挙げて尋ねる。
「フン、我が立花学園の防壁陣地はBランク魔物の襲撃にも耐えられる設計だ。まあ、お前たちが放課後に買い食いでもして襲われない限りは安全だな」
鬼塚先生が不敵に笑う。
(Bランクどころか、さっき川沿いでSSSランクがセロハンテープで貼られて粉砕されてましたけどね……)
葵は心の中で切なく呟き、ちらりと悠人の方を見やった。
悠人はと言えば、窓の外の青空をボーッと眺めながら、自分の視界に浮かぶステータス画面を弄っていた。
(……ん? また新機能の解放か)
『【スキル:神】内部能力開放:【微小除湿 Lv.1】発動可能』
『効果:指定範囲の空気中の水分を毎秒0.01g減少させる』
(毎秒0.01gの除湿……? せんべいの袋に入ってる小さな乾燥剤よりも吸湿スピードが遅いぞ)
悠人は苦笑した。
相変わらず【スキル:神】から生えてくる新能力は、単体では何の役にも立ちそうにない。
湿気た部屋で点けても、部屋がカラッとするまでに何日かかるか分からないレベルの超微弱能力だ。
だが——もちろん、悠人の頭の中にはすでに『反則解法』が浮かんでいた。
『MP消費:0』
『クールタイム(CT):なし』
(まあ、お菓子の湿気取りくらいには使えるかな)
悠人がそんなのんきなことを考えていた、まさにその時だった。
*
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
突然、校舎全体を揺るがす強烈な爆発音が響き渡った。
衝撃で教室の窓ガラスが激しくガタガタと震え、生徒たちから悲鳴が上がる。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「違うわ! 校庭を見て!!」
葵が叫び、窓の外を指さした。
広大な校庭の中央。
アスファルトと土を突き破り、ど真ん中に巨大なマグマの亀裂が生まれていた。
そこから溢れ出してきたのは、全身がドロドロの超高熱超高温の溶岩でできた巨大な大蜥蜴——Sランク相当の災厄級魔物『ヘルファイア・サラマンダー』だった。
「グォォォォォォォォォォォッ!!!」
サラマンダーが咆哮すると、その熱波だけで校庭の遊具がドロドロに溶け落ち、グラウンドの土が真っ赤なマグマ溜まりへと変貌していく。
校舎の結界が「バリバリ」と悲鳴をあげ、熱気によってスプリンクラーが一斉に作動し始めた。
「くっ……! Bランクどころか、Sランクの火竜だと!? なんでこんな学校の真ん中に……!」
鬼塚先生が顔を青ざめさせながら、腰の魔導警棒を引き抜く。
「全員、裏門から避難しろ! 俺がここで食い止める!」
「無理ですよ先生! あんなのBランク探索者の先生一人で戦ったら一瞬で丸焦げになります!」
生徒たちがパニックに陥り、教室から逃げ出そうとなだれ込む。
超高熱の熱波が窓を破って教室内にまで吹き込んできた。
教室内のプリントが一瞬で黒焦げになって舞い散り、温度計が破裂する。
「熱っ……! このままじゃ校舎ごと全員蒸し焼きにされる……!」
葵が必死に氷結魔法を展開して熱気を防ごうとするが、Sランクの超高温の前には氷の刃すら届く前に気化してしまう。
「あーあ、せっかくのHRなのにうるさいなあ」
そんな混乱の渦中で。
悠人は一人だけゆっくりと立ち上がると、割れた窓枠のフチに手をかけた。
「ちょっと天羽!? 何しようとしてるの!?」
「窓開いてるから、ちょっと部屋の湿気……じゃなくて熱気を取ろうと思って」
「熱気を取るレベルの温度じゃないでしょぉぉぉっ!!」
悠人は葵のツッコミを聞き流しながら、校庭で暴れ回る『ヘルファイア・サラマンダー』と、それが撒き散らす極大の超高熱マグマ溜まりを見下ろした。
(水分を毎秒0.01g減らす……。これを一秒間に五十万回連射したらどうなる?)
計算は一瞬。
水分を奪うということは、熱伝達の媒体となる水蒸気や分子運動の媒介を根本から干し上げるということだ。
秒間五十万回の超高速脱水。
それは——あらゆる物質の水分と熱エネルギー媒体を物理法則の限界を超えて即座にゼロにする『絶対乾燥(干殺し)』へと変貌する。
(【微小除湿 Lv.1】——秒間五十万連射)
悠人が校庭に向けて、軽く息を吹きかけるように指先をかざした。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………………ッ。
音が消えた。
校庭で荒れ狂っていた数千度の熱風が、一瞬にして打ち切られた。
『ヘルファイア・サラマンダー』の全身を覆っていた真っ赤な高熱のマグマと火炎。
それらに含まれていた僅かな水分、そして空気中の湿気と熱媒体が、幾重にも重なった除湿の概念によって一瞬で完璧に『奪い去られた』のだ。
「グ……エ……!?」
サラマンダーの目が点になる。
数千度の灼熱を誇っていたその巨躯は、一瞬にしてカラカラのドライフラワーのように乾燥。
ドロドロだったマグマ溜まりは、水分と熱を完全に失ってカラッカラの乾いた砂と化し、風に舞った。
カサッ……。
Sランクの威容を誇っていた巨大火竜は、まるで干しミカンの皮のようにカピカピに干からび、そのまま「パリん」と音を立てて砂となって崩れ去った。
「……え?」
逃げ惑おうとしていたクラスメイトたちが足を止める。
命懸けで立ち向かおうとしていた鬼塚先生が、ポカンと口を開けて固まる。
校庭を包んでいた耐え難い猛暑は去り、そこにはまるで秋の真ん中のような、超爽やかでカラッとしたドライな空気が広がっていた。
「うわ、すごいカラッとして快適。エアコンの除湿モードより効くじゃん」
悠人は満足そうに頷くと、自席に戻ってサッと鞄を整えた。
「……て、天羽……今、何をした……?」
鬼塚先生がプルプルと震えながら尋ねる。
「え? あ、ちょっと部屋の湿気がすごかったんで、除湿器のマネをしただけです」
「除湿器でSランクの火竜がカラカラの砂になるわけなさすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
鬼塚先生の怒号と、葵の「もうツッコむのも疲れたわ……」という深々とした溜息が、爽やかに乾いた秋空の教室にどこまでも響き渡るのだった。




