第38話:雨上がりの帰路と、パチパチする新能力
『アビス・シャドウ』の影空間が消滅し、夕闇が包むいつもの住宅街に静けさが戻ってきた。
「……ふぅ。これで無事に帰れるな」
天羽悠人は、鞄を軽く肩にかけ直して歩き出した。
その隣では、佐伯葵が未だに自分の手と悠人の指先を交互に見つめながら、ロボットのようにぎこちない足取りでついてきている。
「……ねえ、天羽くん」
「ん? なに、佐伯さん」
「あなた、さっき『ペンライト代わりに光らせた』って言ったわよね?」
「言ったけど」
「ペンライトの光で、Sランク指定の影のモンスターが消滅して、空の雲まで綺麗に丸く撃ち抜かれるわけがないでしょ……!」
葵の声が半ば絞り出すような悲鳴になっていた。
「あれは光っていうより、概念を焼き切る高収束の熱線レーザーよ……! 一体どんな莫大な魔力を流し込んだらあんな威力が……」
「魔力なんて一滴も使ってないって。俺、MP【0】だし」
「嘘おっしゃい! MPゼロでどうやってあの現象を起こすのよ!」
「だから連打だよ、連打。1の光を秒間で何十万回も重ねれば、それなりに眩しくなるだろ?」
「何十万回ってサラッと言わないで!??!」
葵の絶叫が夕暮れの住宅街に虚しく響き渡る。
悠人としては至極真面目に事実を述べているだけなのだが、常識的な魔法体系を学んできた葵にとっては、彼の存在そのものが理解不能な怪異のようなものだった。
「はあ……もういいわ。あなたと話してると、あたしの魔法理論の単位が吹き飛ぶ気がする……」
葵はガックリと肩を落とし、疲弊しきった様子で溜息をついた。
*
二人が自宅のあるエリアへ続く大通りへと差し掛かった時。
突如として、地面がズシン、ズシンと激しく揺れ始めた。
「……地震!?」
葵が咄嗟に身構える。
だが、それは自然災害などではなかった。
大通りの向こう側、建設中の高層ビル街の陰から、黒鉄色の装甲に覆われた巨大な獣の群れが雪崩を打って押し寄せてきていた。
体長四メートルを超える、全身が頑丈な特殊鋼鉄で覆われた巨体。
頭部からは巨大な一本角が突き出し、その咆哮だけで街灯のガラスがバリバリと砕け散る。
「あれは……『アーマード・アイアンホーン』……!? それも、こんな群れで!?」
葵の顔から瞬時に血の気が引いた。
『アーマード・アイアンホーン』は、全身が超高密度の魔導鋼鉄で構成された大型魔物だ。
一頭だけでも防衛隊の戦車隊を壊滅させるほどの硬度と突進力を持ち、魔法耐性も極めて高い。それが数十頭という大群をなして、住宅街へ向かって暴走してきている。
「ダメよ、立ち向かっちゃダメ! あんな重装甲の群れ、正面から受け止めたら粉々に擦り潰されるわ! 天羽くん、脇道へ退避を——」
葵が悠人の腕を掴んで引っ張ろうとした、その瞬間。
キィィィィィィン……!
暴走するアイアンホーンの群れが、路上に設置されていた変電所に突っ込んだ。
破砕された変電所から激しい火花が散り、切断された高圧電線がバチバチと狂ったように暴れ回る。
「うわ、電線が切れてるじゃん。危ないなあ」
悠人はポッケから手を出すと、自分の指先をじっと見つめた。
視界の真ん中で点滅している、お馴染みの半透明ウィンドウ。
(……ん? また何か増えてるな)
『【スキル:神】内部能力開放:【微小静電気 Lv.1】発動可能』
『効果:指先から0.001ミリアンペアの静電気を発生させる』
(0.001ミリアンペア……? 冬場にドアノブを触った時のバチッとする静電気の、千分の一以下か。下敷きで頭を擦った方がまだ強いぞ)
悠人は呆れたように思考した。
相変わらず【スキル:神】から生えてくる新スキルは、単体では何の役にも立たないゴミ性能ばかりだ。
0.001ミリアンペアの静電気など、蟻にすら効かないレベルの超微弱電流。
だが——悠人はもう知っている。
『MP消費:0』『クールタイム(CT):なし』
この反則仕様を、そのまま意識の速度で実行したらどうなるかを。
(高圧電線も暴れてて危ないし、ちょっと感電させて痺れさせるか)
「ちょっと天羽くん!? 何やってるの、早く逃げないと突進が——」
「佐伯さん、動くと静電気でバチッてなるから、ちょっと離れてて」
悠人は葵をそっと自分の背後に庇うと、突き進んでくる重装甲の怪物群に向けて右手の人差し指を突き出した。
(一秒間に……五十万回連射)
指先で【微小静電気 Lv.1】が起動する。
0.001ミリアンペアの極小の電荷。
それが思考の速度を超越し、秒間五十万回という密度の限界を超えた速度で指先の一点に重ねがけされていく。
電荷が重なり合い、空気中のイオンを激しく励起させ、巨額の電圧へと変換されていく。
0.001ミリアンペア×50万回の高密度電荷増幅。
それは——数千万ボルト級の超高圧落雷(局所ギガボルト放電)へと化けた。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
空から落ちたのではない。
悠人の指先から、極太の紫白色の雷霆が解き放たれ、大通り全体を呑み込んだ。
直撃した『アーマード・アイアンホーン』の群れ。
頑丈な鋼鉄の装甲は、防御として機能するどころか、超高圧電流を全身にくまなく伝達する『最高の導体』として機能してしまった。
「ギャガガガガガガガガガガガッ!??!?」
数十頭の巨体が同時に激しく痙攣し、超高熱の電流によって内側から一瞬で過熱。
鋼鉄の装甲ごと真っ赤に白熱し、次の瞬間には焦土の塵となって爆発散華した。
バチバチバチ……ッ。
閃光が収まると、大通りのアスファルトは綺麗に溶け落ち、ガラス状に結晶化していた。
襲いかかってきていた数多の重装甲魔物たちは、一頭残らず黒い灰となって夜風に舞い散っていく。
「ふう……これで電線に触れても感電しないな」
悠人は指先に残った小さな火花をパッパッと払い、満足そうに頷いた。
「……」
葵は後ろで崩れ落ち、地面にへたり込んでいた。
戦車隊すら踏み潰すSランク相当の重装甲軍団が。
悠人が「静電気」と言って指をかざした一瞬で、落雷のような閃光に呑まれて全滅した。
「あ……あ……天羽……くん……?」
「ん? どうしたの佐伯さん。腰抜かした?」
「静電気で……静電気で地球が爆発するような雷が落ちるわけないでしょぉぉぉぉぉっ!??!」
夜の静けさを取り戻した街に、葵の魂の叫びが響き渡るのだった。




