第33話 正門前のスクラップ犬と微弱吸着の応用
市立西高校の正門前ロータリー。かつては朝夕の通学ラッシュでスクールバスや生徒たちがごった返していたその場所は、現在、頑丈な鉄骨バリケードと防衛隊の簡易検問所へと姿を変えていた。
「——異常なしっと。今日も結界の張り付き具合は安定してます!」
バリケードの隙間から外の『西高通り』を覗き込みながら、防衛隊の制服に身を包んだ小柄な少女が元気よく声を張り上げた。
名前は桐生凪沙。防衛隊の偵察部隊に配属されたばかりの新人隊員で、最近やけに西高の警備や偵察任務にやってくることが多い。
「ご苦労だな、桐生さん」
「あ、天羽先輩! お疲れ様です!」
買い出しの荷物を両手に抱えて通りかかった俺に気付くと、桐生はパッと顔を輝かせて敬礼(のつもりらしい少し不格好なポーズ)をしてきた。
この世界になってから防衛隊や避難民の間で「なぜか隠遁した最強の特級覚醒者扱い」されている俺に対し、彼女は純粋な憧れと尊敬の目を向けてくるのだから、なかなかやりづらい。
「そんな先輩なんて大層なもんじゃないって。俺はただの買い出し帰りの高校生だ」
「またまたぁ〜謙遜しちゃって! 昨日の屋上での対空迎撃、中央本部のモニターにも一部データが流れてましたよ? 『秒間数千発の精密微小修復と超音速気流制御による無音撃墜』とか、防衛隊の古参隊員たちが『あれぞ神域の技だ……!』って朝から大騒ぎしてたんですから!」
「……誰もそんな大層な技使った覚えはないんだがな」
盛大な勘違いを苦笑いで受け流しつつ、俺はバリケードの外側に目をやった。
アスファルトがひび割れ、あちこちに放置された乗用車の残骸が錆びついているその向こう——幹線道路の路地裏から、聞き慣れない金属音がカシャカシャと不気味に響いてきた。
「ん……? 何か来るぞ」
「えっ……!?」
桐生が慌てて腰に下げた『防衛隊制式・魔力測定スコープ』を目に当てる。
スコープのレンズが青く明滅し、彼女の顔色が一気に蒼ざめた。
「た、大変です! 魔力反応レベルB! 魔物【スクラップ・ハウンド】の群れが、正門前のロータリーに向かって猛スピードで接近中です!」
カシャ、ガシャァァンッ!
音の正体は、文字通りゴミや鉄くず、自動車のバンパーやエンジンブロックの破片を全身に磁力魔力で纏い、異形の装甲犬と化した中型魔物【スクラップ・ハウンド】だった。3頭の群れが、鋭い鉄くずの牙を剝き出しにしながらアスファルトを蹴って突き進んでくる。
「くっ、バリケードを破らせません! 【火炎弾】!」
桐生が手に持った小銃型の魔導兵装を構え、火炎弾を放つ。
ドガァァン! と炎が弾けたものの、スクラップ・ハウンドは全身を覆う厚い鉄くずの装甲によってダメージを無効化し、勢いを殺さずに突撃してきた。
「ダメです、外骨格が硬すぎて私の火炎弾じゃ表面の鉄くずしか焦げません! く、車からの爆破衝撃でバリケードが……!」
「落ち着けって。そんなに焦らなくても大丈夫だ」
俺は買い物袋を小脇に抱え直し、前に出た。
(スクラップ・ハウンド……鉄くずを魔力で引き寄せて鎧にしてるわけか。なら、その鎧同士を『もっと強力にペタペタくっつけて』動けなくしてやればいい)
俺は右手の指先をスクラップ・ハウンドの群れに向けて軽く開いた。
発動するのは、今朝がた【スキル:神】の熟練度(?)の底からひっそりと生えてきた新しいゴミスキルだ。
【吸着(微弱)】(Skill Lv.1)
・効果:接触している1cm四方の表面に、ごく僅かな粘着力(付箋紙程度)を発生させる。
・消費MP:0
・クールタイム:なし
付箋紙レベルの粘着力。普通に使えば、紙と紙を仮留めするくらいしか使い道がない超絶地味な工作系スキルだ。
だが——これを毎秒数十万回の超連射で、対象の全身を覆う数千個の鉄くずパーツの隙間へ一斉に叩込みまくったらどうなるか。
シューーーーーーーーーッ……!
音もなく、不可視の『超極細・超高粘着の分子結合弾幕』が、スクラップ・ハウンド3頭に向かって秒間50万発の密度で着弾する。
ガガガガガガガガッ!!
「ぐえっ……!?」「ギャンっ!?」
前足を踏み出そうとしたスクラップ・ハウンドの全身の鉄くずが、突如として工業用・超強力エポキシ接着剤の100万倍の強度で相互固着した。
足の鉄くずは地面のアスファルトと完全にくっつき、胴体の鉄骨は首の関節の鉄くずとガチガチに溶接されたかのように固定される。
関節という関節が一切動かなくなったスクラップ・ハウンドの群れは、まるで巨大な金属の彫像のように、足を前へ一歩踏み出した体勢のまま「カチーン!」と完全にフリーズした。
「え……? あ、あれ……?」
スコープを覗いていた桐生が、目を丸くして固まっている。
「な、なんで走ってきた勢いのまま、急にピタッと固まったんですか……!? 魔導計測器の数値だと……えぇ!? 彼らの全身の装甲と関節の分子間結合度が、超高密度で固定化されてます……!? 動こうとすればするほど、自分の纏っている鉄くずの固定力で自縄自縛状態に……!」
「……まあ、鉄くずのサビが急に噛み合ったんじゃないか?」
「そんなわけないですよ!! これ、超高度な『分子結合力制御』ですよ!! 対象の分子構造を極限まで硬化・固着させて運動エネルギーをゼロにするなんて、国家特級のバインド系覚醒者でも不可能なレベルです……!」
桐生が目を輝かせながら、手帳に猛烈な勢いでメモを書き込み始めた。
「やっぱり噂通りです……! 天羽先輩は、手すら触れずに異次元の結合力介入で魔物を即座に完全無力化できる……! 『沈黙の粘着神』……いえ、『絶対固定者』とお呼びしてもいいでしょうか!?」
「絶対に呼ぶな。ダサいし物騒すぎる」
俺ははぁと溜め息をつき、完全に置物と化したスクラップ・ハウンドの横を通り抜けた。
「とりあえず、動かないようにガチガチに固定しておいたからさ。あとは防衛隊の解体担当の人にでも引き渡してくれ」
「はいっ!! すぐ陣内分隊長に報告して、超硬度金属素材として回収してもらいます! 本当にありがとうございました、天羽先輩!」
元気に敬礼する桐生に見送られながら、俺は買い出しの荷物を抱えて校舎へと向かった。
(やれやれ……付箋紙レベルの粘着スキルも、連射すれば強力な溶接ガンどころじゃない拘束兵器になるな。便利だけど、周囲の勘違い度数が留まることを知らんぞ)
校舎の階段を上りながら、俺はふと空を見上げた。
雲の切れ間から差し込む陽光が、校庭で作業する生徒たちの姿を穏やかに照らしている。
通学路に魔物がうろつく理不尽な日常。
だが、この地味で強力なゴミスキルたちがある限り、俺の平和なマイペース生活は何があっても崩れはしない。
「よし、部屋に戻って買い出したカップ麺でも食べるか」
誰にともなくそう呟き、天羽悠人は静かに自分の日常へと戻っていくのだった。




