第32話 生徒会の日常と平穏への決意
屋上での【フライング・リッパー】群の撃墜劇から一夜が明け、市立西高校には穏やかな朝が訪れていた。
上空の魔力流は安定し、昨夜陣内分隊長の通信機を直した効果もあって、中央防衛本部からの定期連絡もすこぶる良好らしい。校舎のあちこちで生徒や避難民たちが朝の準備に勤しむ足音が響いていた。
「おはよ、悠人くん」
「おう、佐伯。朝から忙しそうだな」
旧2年B組の教室を改装して作られた『生徒会臨時本部』の前で、腕章をつけた佐伯葵と鉢合わせた。
彼女は現在、生徒会補佐官として防衛隊と避難生徒のパイプ役を引き受けており、朝から配給リストのチェックに追われている。
「忙しいわよー。昨日の今日で、全校生徒分の簡易朝食の配分とか、昨晩の魔物襲撃の被害報告のまとめとか山積みだもん」
そう言いながらも、佐伯の表情はどこか晴れやかだった。
「でも、昨日の夜は本当に助かった。もしあのアンテナが直っていなくて、フライング・リッパーの群れに気付くのが遅れていたら……今頃この校舎の中までパニックになってたはずだから」
「まあ、結果的に全部うまく片付いてよかっただろ」
「片付いたって、あなたがあの短時間で軍用アンテナを完璧以上に直して、上空の魔物を一瞬で全滅させたからでしょ? 陣内さんなんて、今朝も『天羽エージェントの極秘任務について』とか一人で真面目にノートに書き留めてたわよ」
「……頼むからその設定は早く忘れてくれ。俺はただの一般学生だ」
頭を抱える俺に、佐伯はくすくすと楽しそうに笑った。
「無理よ。昨日の今日だもの。防衛隊の間では、西高には『表向きは地味なLV1だけど、いざとなれば国一つ救える謎の最強覚醒者』が潜伏しているっていう都市伝説がまことしやかに囁かれ始めてるんだから」
「都市伝説にするな! 俺の平穏な学生生活がどんどん変な方向に浸食されていくんだが!」
「ふふ、諦めなさいよ。魔物がうろつくこんな世の中じゃ、実力がある人はどうしても目立っちゃうのよ。……あ、そうだ、ちょうどいいところに」
佐伯が教室のドアを開け、手招きする。
「中に入ってよ。差し入れの温かいお茶があるからさ」
「お、じゃあ遠慮なく」
教室の中に入ると、黒板には避難民のシフト表や魔物の目撃情報がチョークでびっしりと書き込まれていた。机を合わせた簡易テーブルの上には、防衛隊から支給された給茶機のお湯で作った緑茶が湯気を立てている。
俺はパイプ椅子に腰掛け、湯呑みに口をつけた。ほうじ茶の香ばしさが、昨晩の戦闘の余韻をすっきりと洗い流してくれる。
「ねえ、悠人くん」
佐伯も向かいに座り、マグカップを両手で持ちながら真剣な目を向けてきた。
「これからどうするの?」
「これからって?」
「この西高は結界も直って当分は安全だけど、いつまでもここに籠りきりでいられるわけじゃないでしょ? 食料の補給だっていつかは必要になるし、他の避難所との連絡網ももっと広げていかなきゃいけない」
佐伯の言う通りだ。
ダンジョンが存在せず、街そのものが野良魔物のテリトリーと化したこの世界では、一つの場所に安住し続けることは緩慢な死を意味する。いつかは学校の外へ出て、物資調達や周辺の安全確保を行わなければならない。
「まあ、そうだな……」
俺は湯呑みを見つめながら息をつく。
「基本的には、これまで通り『自分の日常の平穏を守る範囲』で動くつもりだよ。わざわざ危険な魔物の巣窟に突撃する気はないけど、俺たちの生活圏や通学路の治安が脅かされるなら、その時は昨日みたいに排除する」
「……相変わらずマイペースね」
佐伯は呆れたように笑いつつも、どこか安心したような表情を浮かべた。
「でも、そのマイペースさに、いつも私や西高の生徒たちは救われてるんだから文句は言えないか」
「文句言わずに美味しいお茶を淹れてくれるなら大歓迎だ」
その時、ふと教室の窓から吹き込んできた微風が、カーテンをふわりと揺らした。
少し空気がこもっていた室内が、その風によって爽やかに満たされる。
(……おっと)
俺はふと思い立ち、こっそりと右手の指先を机の下で微かに動かした。
【整流(微風)】(Skill Lv.1)
・効果:指先からごく僅かな空気の流れ(微風)を発生させる。
・消費MP:0
・クールタイム:なし
文字通りのゴミスキル。夏場にうちわの代わりにもならない、1cm範囲のわずかなそよ風を生み出すだけの生活系雑能。
これを――毎秒十万回の超連射で、教室全体の空気を計算された流路に沿って循環させる。
シューーーーーッ……!
音もなく、しかし確実に教室内の淀んだ空気が外の新鮮な空気と入れ替わり、心地よい春風のようなそよ風が室内全体を柔らかく包み込んだ。
「ん……? なんか急に教室の中の空気がすごく爽やかになった気がする……エアコンつけてないのに、高原の風みたいに気持ちいい……」
佐伯が気持ちよさそうに目を細め、深く息を吸い込む。
「気のせいだろ。朝の換気がうまくいったんだよ」
「そうかなあ……? なんか悠人くんが来てから、こういう不思議な『快適現象』がよく起きる気がするんだけど……」
「気のせいだって」
俺は知らぬふりをしてお茶をもう一口すする。
万が一これが「微風スキルの超連射による気圧配置の強制制御」だとバレたら、また陣内分隊長あたりが「気象を自在に操る神級の環境制御能力者だ!」とか言い出して本部から大騒ぎになりかねない。
平穏に暮らすためには、秘密の隠蔽こそが最大の防御なのだ。
「ま、何にせよ――」
俺はマグカップを置き、窓の外の青空を見上げた。
相変わらず遠くのビル街の屋根の上には、得体の知れない野良の魔物がのそのそと徘徊しているのが見える。
決して安全で平和な世界とは言えない。
だが、自分の持つ【スキル:神】の反則仕様(MP・CT無効化×無限連射)をうまく使えば、どんな理不尽な日常のトラブルも、ゴミスキルを極めることで力技でねじ伏せられる。
「この先どうなるかは分からないけどさ」
俺は独り言のように呟く。
「書きながら話数を自然に調節していき、もう潮時だなとなったら綺麗に完結させるさ」
「……ん? 今、なんか変なこと言わなかった?」
「気のせいだ。さて、そろそろ次の授業……じゃなくて、買い出しの準備でも手伝うか」
「ちょっと、勝手に話を濁さないでよ! でも……うん、そうだね」
佐伯は席から立ち上がり、きりっとした表情で腕章を締め直した。
「魔物がうろつくこんな日常だけど、私たちがやるべきことをやっていけば、きっといつかは本当の平穏が戻ってくるはずだから」
「だな」
こうして、西高校を中心とした俺たちのサバイバル生活は、新たな話数へと突入していく。
圧倒的なゴミスキルの無限連射と、周囲の過剰な勘違いを背負いながら――高校生・天羽悠人のマイペースな日常は、まだまだ終わらない。




