↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
起きたら通学路に魔物がうろつくようになりました。  作者: K4


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/54

第3話:教室の異変と、変わらない日常の模倣

ざわめきと緊迫感が入り混じる校舎へ入っても、悠人のマイペースさは微塵も揺るがなかった。


廊下の壁にはあちこちに鋭い爪痕が走り、床にはどこから流れ込んだのか、得体の知れない魔物の粘液のようなものがへばりついている。

だが、悠人は足元を器用に避けながら、ただ面倒そうに息を吐くだけだった。


「うわ、床がベタベタするな……。これ、掃除の当番だったら最悪のやつだろ」


そんなくだらない愚痴を溢しながら、悠人は自分の所属するクラス――2年B組の教室の引き戸へと手を伸ばした。


ガラガラ、と重い音を立てて扉を開ける。


教室の中は、いつもなら朝のくだらない雑談や笑い声で溢れているはずだった。

しかしそこに広がっていたのは、異様なまでの緊迫感と殺伐とした空気だ。


窓ガラスは数枚が粉々に割れ、カーテンが冷たい風に煽られて揺れている。

生き残った生徒たちが数人ずつ固まり、おびえた表情で互いの顔を見合わせながら、ひそひそと声のトーンを落として会話を交わしていた。


だが、悠人が教室へ一歩足を踏み入れた瞬間、室内の会話がピタリと止まった。


教室中の視線が一斉に悠人に集まる。

そこに含まれているのは、親しみでも挨拶でもない。圧倒的な「畏怖」と「戸惑い」だった。


それもそのはずだ。

校門前で起きた一件――学級の権力者になろうとしていた巨漢・堂島剛が、何一つ構えることもなく、一瞬で吹き飛ばされて気気絶したという噂が、すでに校内に広まっていたからだ。


「おい……見ろよ、天羽だぞ……」


「堂島を……あの体格の堂島を、言葉を交わす暇すら与えずに一撃で吹っ飛ばしたっていう……」


「マジかよ、さっきまでステータスはただの一般人じゃなかったのか? いや、もしかして最初から俺たちを騙してて、とんでもない隠し特異スキルを持ってるんじゃ……」


教室のあちこちから、引きつったようなヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。


悠人はそんなクラスメイトたちの異様な反応を完全にスルーした。

関わるだけ無駄だし、何より説明するのも面倒くさい。

悠人はそのまま、自分の指定席である窓際の一番後ろの席へとまっすぐ向かった。


机の上にうっすらと積もっていた灰のような汚れを制服の袖で軽く払うと、悠人はいつものようにどっかりと椅子に腰を下ろす。


「ふう……やっと座れた。通学路が崩れてるだけで、無駄に体力使うな」


やれやれと机に肘をつき、悠人は割れた窓から外の景色を眺めた。


校庭の隅では、見たこともない角の生えた犬のような魔物がウロウロと徘徊している。

それを見ながら「あいつ、学校の芝生荒らしてるけど用務員さんに怒られないのかな」などと心底どうでもいい感想を抱いていた、その時だ。


ガラッ! と勢いよく教室の扉が開き、息を切らせた佐伯葵が跳び込んできた。


委員長としての責任感からか、彼女は教室内をぐるりと見回し、窓際に座る悠人の姿を見つけると、まっすぐな足取りで歩み寄ってきた。

そして、バンッ! と音を立てて悠人の机に両手を突いた。


「ちょっと、悠人くん……! あんた、さっきの堂島くんへのあれ、わざとなの!?」


「……何が?」


悠人はめんどくさそうに首を傾げた。


「何がじゃないわよ! 堂島くん、校門の柱にめり込んで白目剥いて気絶してたのよ!? あんた、指先ひとつ動かしただけであんな重装の人間を数メートル吹き飛ばすなんて、一体どんなスキルを使ったの!?」


「いや、言ったろ。ただの小石だって」


「だから小石で人が吹き飛ぶわけないでしょっ! あれは衝撃波の魔法か、目に見えない気功系の固有スキルとかじゃないの!?」


佐伯の鋭いツッコミが、静まり返った教室に響き渡る。


二人のやり取りを、周囲の生徒たちはゴクリと生唾を飲み込みながら見守っていた。

彼らにとって、悠人の「ただの小石」という答えは、あまりにも嘘くさく、かつ圧倒的な余裕の表れにしか見えなかったのだ。


(……おい聞いたか? あれだけの圧倒的な威力を出しておいて『ただの小石』と言い切ったぞ……)


(自分の本当の能力を隠すための高度なフェイクだ……! 底が見えねぇ……)


(なんて冷徹で、関わっちゃいけないレベルのバケモノなんだ……!)


周囲の脳内補正によって、悠人の評価は「無気力な一般人」から「絶対に逆らってはいけない、底知れぬ孤高の最強者」へと完全に上書きされていた。


佐伯が「ねえ、聞いてるの悠人くん!?」と眉をひそめて詰め寄ってくるが、悠人はふぁと大きな欠伸を噛み殺した。


「佐伯さん、朝から声がデカいって。そんなに騒ぐと腹が減るぞ」


「あんたねぇ……! こんな状況でなんでそんなに平然としていられるのよ!」


「平然としてるっていうか、腹が減ったから購買でパンでも買いたいんだけど、今日ってやってると思う?」


「やってるわけないでしょ!! 世界が変わってるのよ!?」


「そっか。じゃあ途中のコンビニでなんか買えばよかったな」


悠人はどこまでも噛み合わない会話を交わしながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。

画面の上部に表示された時刻を確認する。


『8:25』


いつもならそろそろ朝のホームルームが始まる時間だ。

だが、当然ながら担任の教師がやってくる気配はない。


悠人は壊れた窓から吹き込む風を感じながら、心の中でつぶやいた。


(……先生も来ないし、授業もないなら、本気で買い出しに行こうかな。家にあった麦茶のパックも切れかけてたし)


世界が崩壊しようが、魔物が校庭を歩いていようが、悠人にとって最も重要なのは「今日の昼飯をどうするか」という極めて個人的で小さな問題だった。


周囲が抱く「孤高の最強者」という巨大な誤解と崇拝の視線をその身に浴びながら、悠人はマイペースに、そして静かに次の動機を固めていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。