第28話 地下三階の死闘と予備パーツの回収
「……はあ、はあ……悠人くん、寒すぎるわよ……!」
氷漬けになったコウモリの砕片が転がる地下通路で、佐伯葵は自分の肩を抱きしめながら歯をガタガタと鳴らしていた。
【冷却(微冷)】の秒間5万回連射によって、狭い地下通路の気温は一瞬で氷点下数十度まで落ち込んでいる。壁も天井も、分厚い白い霜で覆われていた。
「悪い悪い。加減を誤った」
俺は苦笑いしながら、【温熱(微弱)】のスキルを起動した。
範囲1cmの物体をほんのり温めるだけの、本来ならカイロの代わりにもならない極小ゴミスキルだ。
だが、これを秒間千回ほど連射し、俺たちの周囲の空間にじんわりと熱を拡散させる。
ふんわりとした心地よい温風が周囲を包み込み、凍りついていた空間の温度が急速に常温へと戻っていった。
「……はぁ。冷やしたり温めたり、あなたの魔力どうなってるのよホントに……」
佐伯は息を吐き出しながら、半眼で俺を睨みつける。
「それより、目的地は目と鼻の先だろ。パーツを回収してさっさと上がろうぜ」
俺たちは凍結したコウモリの残骸を踏み越え、地下三階の最奥へと進んだ。
そこには陣内分隊長の言っていた通り、重厚な鉄扉と、その奥に赤く塗られた耐火金庫が鎮座していた。
「あったわ! あれね、『高純度冷却ユニット』が入ってる金庫は!」
佐伯が駆け寄り、金庫のダイヤルへと手を伸ばす。
陣内分隊長からあらかじめ聞いていた暗証番号を入力すると、重々しい金属音が響き、耐火金庫の扉がゆっくりと開いた。
中には、青く透き通った水晶のような部品が厳重にケースに収められていた。これが学校全体の『魔導結界ジェネレーター(可搬型)』を正常稼働させるための心臓部だ。
「よし、確保完了! これで防衛結界は持ち直すわ!」
佐伯がケースを大事そうに抱え、安堵の笑みを浮かべた――その時だった。
ズズズズズズズズ……ッ!
突如として、地下三階の床全体が激しく揺れ始めた。
「きゃああっ!?」
「地震……いや、違うな!」
天井や壁のコンクリートにメキメキと亀裂が走り、巨大な太い「木の根」のようなものが破砕音と共に破って飛び出してきた。
太さは大木の幹ほどもあり、それがのたうつ大蛇のように地下廊下を塞ぎ始める。
「な、何これ!? 植物の根……!?」
「下に何かデカいのが潜んでやがるな」
床の亀裂が弾け飛び、地下深くから黒く不気味な巨大樹木型の魔物が姿を現した。
【ギガント・トレント】。
崩落したビルや地下施設に根を張り、建造物の水分と人間の魔力を吸い上げて肥大化する、極めて厄介な植物型変異魔物だ。
幹の中央には無数の人間のような顔が浮かび上がり、ギチギチと嫌な摩擦音を立てながら、こちらを威嚇している。
「嘘でしょ……こんな巨大な樹木型の魔物が、旧校舎の地下に根を張っていたなんて……!」
佐伯が顔を引きつらせる。
「陣内さんが言ってた『地下からの侵入』って、この怪物の根が防衛結界の地下領域を破壊してたからなのね……! 悠人くん、ダメよ、こんな巨体、狭い地下じゃ戦えないわ! 今すぐ崩落する前に上へ逃げないと――!」
「逃げても、こいつが根を伸ばし続けたら校舎ごと地下に崩落するぞ」
俺は冷静にギガント・トレントの巨体を見上げた。
ギガント・トレントは巨大な根の腕を振り上げ、俺たちを潰そうと激しい風切り音と共に振り下ろしてくる。
「くっ、『風刃』――!」
佐伯が放った風の刃が根の表面を刻むが、強靭な木質層に弾かれ、浅い傷しかつけられない。
「ダメ、硬すぎる……! 植物特有の圧倒的な耐久力と再生能力よ! 切り落としてもすぐに根が再生して――」
「植物ねぇ。水分を吸って肥大化してるなら……乾かせばいいんじゃないか?」
「は……? 乾かす……?」
俺は前歩み出ると、右手をギガント・トレントの巨大な幹へと向けた。
脳内で選択するのは、またしても使い道が皆無とされる超ハズレスキル。
【乾燥(極微)】(Skill Lv.1)
・効果:対象に含まれる水分をごく僅かに(数ミリリットル)蒸発・乾燥させる。
・消費MP:0(通常:1)
・クールタイム:なし(通常:2秒)
洗濯物を乾かす時にすら「ドライヤー使った方が早い」と言われるレベルの極小乾燥スキルだ。
だが――水分を大量に含んで硬度と再生力を保っている植物型魔物に対して、この『乾燥』をノータイムで連射したらどうなるか?
「【乾燥(極微)】――連続発動(秒間十万回)」
瞬間。
空間に音のない「乾いた風」が吹き抜けた。
ギガント・トレントの全身から、凄まじい勢いで白く濃密な『水蒸気』が吹き出し始める。
シュオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!
一瞬のうちに数万リットルにおよぶ水分が幹や根から強制的に強奪され、大気中へと霧散していく。
「ギ……ガ……ガガガッ!??!?」
ギガント・トレントが狂ったような悲鳴をあげた。
青々としていた木質層は一瞬でひび割れ、茶色く変色し、ミイラのようにカサカサに干からびていく。
潤いを失った巨木は、自身の重量すら支えきれなくなり――。
バリバリバリバリッ!
「え……?」
佐伯が呆然と見守る前で、巨大なギガント・トレントの体が、まるで乾燥しきった枯れ葉のように脆く崩壊し始めた。
一切の水分を失った幹は、ただの「脆い木の灰」と同義だ。
崩れ落ちる衝撃だけで全身が粉々に砕け散り、サラサラとした茶色い木の粉となって床一面に広がっていく。
わずか三秒。
地下三階を埋め尽くしかけていた超巨大魔物は、干からびた枯れ木くずとなって消滅した。
「……よし。乾燥完了」
俺はポンポンと手を払い、埃を落とした。
「水分を奪えば、どんなにデカい植物魔物でもただの枯れ枝だからな。燃やすより後始末が楽でいい」
「………………」
佐伯葵は、崩れ去った木の粉の山と、俺の手元を交互に見つめたまま、言葉を失っていた。
白目を剥きそうな勢いで硬直している。
「おい、佐伯さん? パーツも手に入ったし、こいつの根も枯れて地下の落盤リスクも減ったぞ。上がろうぜ?」
「あ……あ……」
佐伯はがくがくと膝を震わせながら、俺の服の袖を掴んだ。
「あなた……『乾かした』の……? あの超巨大なギガント・トレントの体内の水分を……一瞬で全部……?」
「だから言ったろ、『乾燥』のスキルだって。選択肢にあったから使ってみただけだ」
「そんなわけあるかああああああああっっっ!!!!!」
本日三度目、そして本日一番の超特大の絶叫が、枯れ木の粉が舞う地下三階に響き渡った。
「『乾燥』って普通は濡れたハンカチをほんのり乾かす程度の生活スキルでしょ!? なんで巨大魔物をミイラにして粉砕する超絶大魔法みたいになってるのよ!! おかしいでしょ!! あなたのスキルの規模感は絶対におかしいわよ!!」
「声が大きいって委員長。上(新校舎)に聞こえるぞ」
「聞こえていいわよ!! なんなのよもう!! 【スキル:神】ってなんなの!? 神ってそういう意味!?」
胸ぐらを掴ま勢いで詰め寄ってくる佐伯をなんとなくなだめながら、俺は「高純度冷却ユニット」のケースを代わりに受け取った。
「ほら、パーツ壊れたら大変だろ。持っといてやるから、さっさと上の陣内さんのところへ戻るぞ」
「うぐぐぐ……! 絶対、絶対に上の報告が終わったら、取り調べ室並みに問い詰めてやるんだから……!」
半泣きになりながら階段を上り始める佐伯。
やれやれ。
事実をありのままにやっているだけなのに、どうしてこうも毎回大騒ぎされるんだろうな。
俺は肩をすくめながら、ケースを小脇に抱え、彼女の後を追って地上へと戻るのだった。




