第27話 防衛隊の疑惑と地下の異変
「おいおい……マジかよ。地下の物資がこんな一瞬で全部運び出せるくらい明るくなってるなんてな」
地下備蓄庫から缶詰のダンボール箱を両手に抱えて上がってきた俺たちを出迎えたのは、渋い髭を蓄えた厳めしい顔つきの男だった。
彼の名は、陣内剛士。
この『市立西高等学校』の避難拠点を防衛している民間防衛隊の分隊長であり、元自衛官の武闘派だ。その肩幅の広さと、胸元に覗く数々の戦闘傷が、修羅場をくぐり抜けてきた経歴を物語っている。
「陣内分隊長……! 地下の捜索、無事に完了しました。これで3日は避難民の食料が保ちます」
佐伯葵がダンボールを床に下ろし、きりっとした表情で敬礼まがいの報告をする。
「助かるよ、佐伯委員長。だが……驚いたのは明かりだ。予備のバッテリーは全滅してたはずだが、地下室全体を太陽並みに照らすほどの高出力照明スキルを使える人間なんて、この拠点にはいなかったはずだが?」
陣内分隊長はそう言いながら、鋭い眼光を俺に向けた。
その視線には、純粋な疑問だけでなく、警戒の色が濃く滲んでいる。
「……天羽悠人だったな。お前、適性測定じゃ『ゴミスキル』の保有者って話だったはずだが。さっきの地下からの異常な光の感知反応……あれはお前の仕業か?」
「ああ、まあ……ちょっと指先を照らしただけですよ」
「指先を照らしただけで地下室全体の闇を吹き飛ばせるか! あれはB級以上の光属性魔導士が全力で展開する『サン・フラッシュ』クラスの魔力光だぞ。お前、一体どんな隠しスキルを持っていやがる?」
陣内分隊長がずいと歩み寄り、俺の顔を覗き込んでくる。
圧迫感がすごい。だが、ここで「MP0で毎秒数千回連射してます」なんて本当のことを言えば、狂人扱いされるか、最悪どこかの研究所に送られて解剖されかねない。
「だから言ってるじゃないですか。俺のスキルは【明かり(微光)】ですよ。豆電球以下のゴミ能力です。ただ、ちょっとコツがあって……集中して連続で出してるだけですって」
「連射だと……? スキルのクールタイムはどうした? 通常、光系の簡易スキルでも最低3秒のインターバルと一定の魔力消費が存在する。それをあそこまでの光量に高めるとなれば、秒間数百回の超高速詠唱と膨大なMPが必要だ。高校生のお前にそんな魔力量があるわけないだろう!」
「ですよねぇ。自分でも不思議なんですよ」
俺がヘラヘラと笑いながら首を横に振ると、陣内分隊長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……とぼけるつもりか。まあいい、今は人間同士で腹を探り合っている余裕はない。だが、目立つ真似は控えるんだな。今、この西高校周辺の魔物の動きが不気味なほど活発化している。ヘタに強力な魔力を放出してみろ、周辺の怪物を一網打尽に呼び寄せることになるぞ」
「あー……了解です。気をつけます」
俺は素直に頷いておいた。
実際には魔力消費ゼロだから、魔力波検知に引っかかるような『魔力の残り香』みたいなものは一切出していないのだが、説明するのが面倒なので黙っておくのが一番だ。
「陣内さん、周辺の魔物の動きが活発化してるって……何かあったんですか?」
不安そうな表情で佐伯が尋ねる。
陣内分隊長は重い溜息をつき、腰のホルスターに手を置いた。
「ああ。学校の敷地を覆っている『魔導結界ジェネレーター(可搬型)』の調子が悪い。どうやら裏庭の排水路付近から、地下を伝って新たな魔物が侵入してきているらしいんだ」
「排水路から……!? それじゃあ、校舎の地下にも!?」
「その通りだ。さっきお前たちが降りた第一体育館の地下備蓄庫とは別の、旧校舎側の地下通路だ。あそこは昔の防空壕跡と繋がっていてな。調査隊を出したいが、防衛隊の戦力も表の門の防衛で手一杯で、人を回せん」
陣内分隊長は苦渋の決断といった様子で顔を歪める。
「旧校舎の地下には、結界ジェネレーターの予備冷却パーツが保管されているんだ。あれが手に入らなければ、あと数時間で学校全体の防衛結界が落ちる。結界が落ちれば、通学路を彷徨っている群れが一気にここへ雪崩れ込んでくるぞ」
「そんな……!」
佐伯が青ざめる。
防衛結界が落ちれば、この避難拠点にいる数百人の生徒や住民が、文字通り魔物の餌食になってしまう。
……まあ、俺にとってもそれは困る。
せっかく通学路の危険を潜り抜けてここまで辿り着いたのに、拠点が陥落してまた別の避難場所を探してサバイバルするなんて面倒くさすぎる。快適な屋根と温かい食べ物がある場所は確保しておきたい。
「陣内さん。その予備パーツの回収、俺と佐伯さんで行ってきましょうか?」
「……何?」
陣内分隊長と佐伯が、同時に目を見開いて俺を見た。
「悠人くん、あなた本気!? 旧校舎の地下なんて、一度も清掃されてない暗闇のダンジョン状態なのよ!? どんな魔物が潜んでるかも分からないのに……!」
「でも、防衛隊の大人たちが動けないなら、動ける奴が行くしかないだろ。それに、俺にはさっきの『超明るい明かり』もあるしな」
「あれは目が眩むから勘弁してほしいんだけど……!」
佐伯は頭を抱えたが、すぐにキリッとした表情に戻り、陣内分隊長を見つめた。
「陣内さん、私からもお願いします。私の【風刃】スキルなら、狭い通路でも一定の戦闘は可能です。天羽くんの明かりがあれば、視界の確保も問題ありません。パーツの場所さえ教えていただければ、すぐに回収して戻ります」
陣内分隊長はしばらくの間、俺と佐伯の顔を交互に見比べ、やがて深く息を吐き出した。
「……分かった。頼む。だが、無理は絶対にするな。異変を感じたらすぐに撤退しろ。パーツの保管場所は、旧校舎地下三階の最奥、赤く塗られた耐火金庫の中だ」
「了解しました!」
「よし、じゃあサクッと行ってサクッと帰ってくるとするか」
俺たちは陣内分隊長から旧校舎地下の簡易マップを受け取り、体育館を後にした。
◇
旧校舎は、新校舎や体育館とは異なり、長年使われていなかったこともあって荒廃が酷かった。
廊下の床板は腐ちかけ、壁には苔や謎の蔦植物がへばりついている。窓ガラスはすべて割れ、吹き込む風が気味の悪い不協和音を奏でていた。
「……ここが旧校舎の地下階段ね」
佐伯が手にした風の刃を微小に発生させながら、階段の先にある闇を睨みつける。
地下からは、ぬっとした湿気と、獣の腐臭が混ざり合った嫌な匂いが立ち上っていた。
「悠人くん、さっきみたいな爆光はダメだからね? 適度な明かりでお願い」
「はいはい、わかってますよ」
俺は指先に意識を向け、【明かり(微光)】を秒間数十回程度の超ローペースで連射する。
ぽわん、と温かみのある柔らかな光が、俺たちの周囲数メートルを優しく照らし出した。これなら目を痛めることもなく、暗闇の足元をしっかり視認できる。
「ふう……これくらいならちょうどいいわね。……って、やっぱり凄まじい精度で光量をコントロールしてるじゃない。本当にあなた、なんなの……?」
「ただの微調整だっての。ほら、行くぞ。長居は無用だ」
俺たちは湿った階段を一段ずつ下りて行った。
地下二階を過ぎ、目標である地下三階へ足を踏み入れた瞬間――。
キィィィィィィィィッッッ!!!!!
頭上から、耳を刺すような高い怪声が響き渡った。
「くっ、上!? 悠人くん、退いて!」
佐伯が咄嗟に俺の服の裾を引っ張り、手元から風の刃『風刃』を天井に向けて放つ。
シュバッ! と空間を切り裂く音が響き、天井から何かがバサリと落ちてきた。
それは、犬ほどの大きさがある巨大なコウモリだった。
鋭い毒牙を持ち、翼には頑丈な骨の爪が生えている。
「【グラットン・コウモリ】……! 天井にびっしり張り付いてるわ!」
佐伯が指さした天井を見上げると――そこには、暗闇の中に無数の赤い目が蠢いていた。
ざっと見積もっても百匹以上。
旧校舎の地下は、完全にこの血を吸う巨大コウモリたちの巣窟と化していたのだ。
キィィィィッ! キキキキキッ!
一斉に群れが天井から飛び立ち、嵐のような羽音を立てて俺たちへと殺到してくる。
「くっ……数が多すぎる! 私の『風刃』じゃ、一度に切り伏せられるのは数匹が限界よ……! 悠人くん、一度撤退して――」
「撤退しなくても大丈夫だって」
俺はパニックになりかける佐伯の前に一歩踏み出し、左手を軽く掲げた。
「さて、せっかくだから新しく手に入れた『ゴミスキル』の実験でもしてみるか」
「え……新スキル……!?」
俺が脳内で選択したのは、つい最近解放されたばかりの、これまた使い道のないハズレスキルだ。
【冷却(微冷)】(Skill Lv.1)
・効果:触れた物体(または空気)の温度を『1度』だけ僅かに下げる。
・消費MP:0(通常:1)
・クールタイム:なし(通常:2秒)
1度冷やすだけ。アイスクリームすら溶けるのを防げないレベルの極小冷却スキル。
だが――俺の『無限連射』で、空間の温度を秒間数万回『1度ずつ』下げ続けたらどうなるか?
「【冷却(微冷)】――超連射」
俺の掌から、音もなく『絶対零度』に匹敵する極低温の波動が解き放たれた。
ズオッ……!
瞬間、周囲の空気が一瞬で白く凍りつき、凄まじい冷気の衝撃波が前方に広がった。
襲いかかってきていた百匹以上のグラットン・コウモリたちは、悲鳴をあげる暇すら与えられず、空気中の水分ごと一瞬で完全カチコチの『氷漬け』となった。
カキンッ! カキンカキンカキンッ!
凍結したコウモリたちの群れが、まるでガラスの細工のように床へ落下し、パリンと音を立てて粉々に砕け散っていく。
廊下全体が、まるで極地の氷穴のように真っ白な霜で覆われていた。
「……え?」
佐伯葵は、口を半開きのまま硬直していた。
目の前で起きた現象が理解できないらしい。
つい先刻まで熱帯のような湿気に満ちていた地下通路が、たった一瞬でマイナス数十度の極寒世界に変貌し、百匹の魔物群が瞬殺されたのだから。
「ふむ……『1度下げる』も秒間5万回重ねれば、一瞬でマイナス数百度まで持っていけるな。冷却系の連射も悪くないな」
俺は凍りついた自分の息を吐きながら、感心したように頷いた。
「ゆ……悠人……くん……?」
佐伯が震える声で俺を呼ぶ。寒さのせいだけではない。明らかに引いている。
「あなた……今度は……氷結系の最上位極大魔法を使ったの……?」
「いや、ただの『1度冷やすスキル』だけど?」
「嘘つけええええええええええっっっ!!!!!」
極寒の地下通路に、委員長の本日二度目となる絶叫が虚しくこだました。




