第26話 荒廃した校舎と委員長の詰問
「……ふう。とりあえず、無事に着いたな」
崩れたブロック塀を跨ぎ、俺はあくびをひとつ噛み殺しながら、母校の校門へと足を踏み入れた。
『市立西高等学校』と刻まれていたはずの重厚な石柱は、上半分が派手に吹き飛び、今では無残な鉄筋が露わになっている。
本来なら緑豊かな並木道が広がっていたはずの校庭へのアプローチは、今や巨大なクレーターとひび割れたコンクリートで覆い尽くされていた。
「無事に着いたな、じゃないわよ……! 悠人くん、あなた本当に自分が何をしたのか分かってるの!?」
すぐ後ろから、荒い息を吐きながら佐伯葵が追いかけてくる。
彼女の整った顔立ちは怒りと困惑で真っ赤に染まっており、肩を上下させながら俺の胸元を指差してきた。
「さっきのあれ! あの超巨大なアーマード・バイパーを、あなた一体どうやって一瞬で消し飛ばしたのよ!? あの異様な風の衝撃音……それに、一瞬でターゲットの全身を蜂の巣にしたようなあの大打撃! 絶対ただの高校生が出せる威力じゃないでしょ!?」
「だから言ったろ、ただのゴミスキルの組み合わせだって」
「そんなわけないでしょ! あんなの、C級……ううん、B級以上の戦闘系熟練特化者だって単独じゃ数分はかかる相手なのよ!? それを一瞬で……!」
佐伯は頭を抱え、信じられないというように俺を凝視する。
まあ、驚くのも無理はない。一般人の常識では、スキルというものは「MPを消費して発動し、一度使えば数秒から数分のクールタイムが発生する」のが普通だ。
だが俺の持ち得る【スキル:神】は違う。
レベルは一切上がらず、手に入るスキルも威力が豆鉄砲以下のゴミばかり。だが、その代わりとして――『MP消費:0』そして『クールタイム:完全無効』という無茶苦茶な性質を持っている。
『発砲(極微)』という、せいぜい爪楊枝を数センチ飛ばす程度の風圧しか生まないゴミスキル。
それを一秒間に数万回という頭のおかしい密度で叩き込めば、どれほど頑丈な魔物の外殻だろうが、物理的な運動エネルギーの爆発によって削り殺すことができる。
ただの『数押し』なのだが、他人の目から見れば「一瞬で巨大魔物を粉砕する謎の超威力攻撃」に見えてしまうらしい。
「まあまあ、結果オーライだろ。俺たちも無傷だし、コンビニ跡地の缶詰も回収できたしな」
「ごまかさないで! ……はぁ、もういいわ。これ以上ここで立ち話をしてても目立つだけだし。とにかく、まずは第一体育館避難区へ向かいましょう。生徒会と防衛隊の担当者に生存報告をしなきゃいけないから」
「へいへい。委員長のおっしゃる通りに」
肩をすくめて歩き出す俺の後ろを、佐伯は納得がいかないという視線を背中に突き刺しながらついてくる。
校内に入ると、至るところに土嚢が積み上げられ、簡易的な結界柱が数メートル置きに設置されていた。
現在、この『市立西高等学校』は周辺地域の避難拠点のひとつとして機能している。
校庭には自衛隊や民間防衛隊の大型車両が数台停まっており、武装した大人たちが厳しい表情で周囲を警戒していた。
歩廊を通り、俺たちは『第一体育館避難区』へと向かう。
体育館の重い引き戸を開けると、中には無数の簡易テントや毛布が敷き詰められており、避難してきた近隣の住民や生徒たちが所在なさげに身を寄せ合っていた。
「あ、葵ちゃん! 無事だったんだね!」
体育館に入ってすぐ、受付用に置かれた折りたたみデスクから、腕章を巻いた女子生徒が駆け寄ってきた。
「うん、なんとか戻れたよ。途中でアーマード・バイパーに遭遇してヒヤヒヤしたけど……」
「えっ!? アーマード・バイパー!? あんなのが通学路にいたの!? 大丈夫だったの!?」
「まあ……うん。悠人くんが、その……なんとかしてくれて」
佐伯が言いよどみながら俺の方をちらりと見る。
駆け寄ってきた女子生徒――たしか生徒会役員の女子だったはずだ――は、目を見開いて俺を見た。
「えっ、天羽くんが……? 天羽くんって、確か適性測定で【スキル:神】とかいう名前倒れの最弱判定が出たっていう……」
「おいおい、名前倒れは余計だろ。地道にサバイバルしてる最中だよ」
俺が苦笑いしながら答えると、女子生徒は信じられないといった様子で首を傾げた。
「でも、アーマード・バイパーって凄腕の討伐隊でも苦戦する怪物だよ? それを天羽くんが……?」
「いいのよ、その話は後でじっくり問い詰めるから」
佐伯が眉間を押さえながら言った。
「それより、今の体育館の物資状況はどうなってる? 途中のコンビニで少し日持ちする缶詰を拾ってきたんだけど」
「本当!? 助かるわ! 今、地下備蓄庫の明かりが切れちゃってて、奥の缶詰用ラックを探すのも一苦労だったのよ。発電機の燃料を節約するために、余計な照明を使わないようにしてるから……」
「地下備蓄庫の明かりか……」
俺は顎を触りながら、自分のスキルリストを脳内でスクロールさせた。
そういえば、昨日だか一昨日に開放されたゴミスキルの中に、ちょうどそんな感じのがあったな。
【明かり(微光)】(Skill Lv.1)
・効果:手元1cmの範囲を豆電球程度に薄明るく照らす。
・消費MP:0(通常:1)
・クールタイム:なし(通常:3秒)
はい出ました。手元1cmしか照らせない、スマホの画面のほうがよっぽど明るいレベルの超絶ゴミスキル。
普通なら「暗闇で鍵穴を探す時にすら役に立たない」と捨て捨てられるようなシロモノだ。
だが……俺の『ノータイム連射』を使えばどうなるか。
「なあ佐伯さん、ちょっと地下備蓄庫案内してくれよ。明かりなら俺がなんとかできるかもしれない」
「え? 悠人くん、あなた明かり系のスキルなんて持ってたの?」
「まあな。超微弱なやつだけど」
「……また怪しいわね。でも、本当に照らせるなら助かるわ。行きましょう」
佐伯に導かれ、俺たちは体育館の奥にある地下階段を下りて行った。
ひんやりとした湿った空気と、重苦しい暗闇が立ち込めている。
階段を商い切ると、そこには広大な地下備蓄庫が広がっていた。だが、天井の蛍光灯はすべて消えており、一寸先も見えない漆黒の世界だ。
「うう……本当に真っ暗ね。懐中電灯も電池を節約しなきゃいけないし……悠人くん、その明かりのスキルって、どのくらい照らせるの?」
「ん? 単発だとこんな感じ」
俺は指先をすっと出してみせた。
ぽっ。
指先から1cmほどの範囲が、まるで消えかかった蛍の光のように、ほの明るく灯る。
「……なにこれ。豆電球以下じゃない。これでどうやってこの広い備蓄庫を照らすつもりよ?」
佐伯があきれ果てたような声を出す。
「まあ見とけって。これを、こうして……『連続発動』させる」
俺は意識を切り替え、【明かり(微光)】のスキルを秒間数千回の超高回転で連射し始めた。
本来なら1回発動するごとに3秒のクールタイムとMPを消費するスキル。
それを、一瞬の隙間もなく、重ね合わせるように極限まで高密度で連続生成する。
すると――。
ガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!
「きゃああああっ!??!?」
刹那、地下備蓄庫全体が、まるで真夏の直射日光を至近距離から叩きつけられたかのような『超・爆光』に包まれた。
豆電球レベルの微光であっても、数千、数万と重ね合わせれば、それは太陽の表面と同等クラスの光エネルギーに化ける。
暗闇に慣れていた佐伯は「目がぁぁぁっ!?」と叫びながら両手で顔を覆い、その場にへたり込んだ。
「あ、悪い。ちょっと光量を込めすぎた」
俺は連射速度を少し落とし、秒間数百回程度に調節する。
それでも地下備蓄庫全体が、まるで昼間の屋外のように明るく視認できるようになった。
「ゆ、悠人くん……あなた……っ!」
指の隙間から涙目で俺を睨みつける佐伯の顔は、驚愕と恐怖で引きつっていた。
「なんなのよその光……! 指先からサーチライト以上の光線が出てるじゃない!! 『微弱な明かり』って言わなかった!?」
「だから微弱だよ。一発一発はホタルレベルだって。それをただ『繋げてる』だけだ」
「繋げてるだけでこんな太陽みたいな光が出せるわけないでしょ!!! 冷却時間はどうなってるのよ!? MPは!? あなた、どれだけバカげた魔力量を持ってるの!?」
立ち上がり、俺の肩を両手で激しく揺さぶってくる佐伯。
「落ち着けって委員長! 揺さぶると光が揺れるぞ!」
「落ち着けるわけないでしょ!! アーマード・バイパーを一瞬で肉片に変える謎の衝撃波攻撃に、今度は地下室を一瞬で昼間に変える閃光スキル!? あなた……本当に【スキル:神】を『地道に育成してる』だけなの!? 絶対何か隠してるでしょ!!」
「隠してねえよ! 俺はただ、与えられたゴミ能力を真面目に工夫して使ってるだけの、しがない高校生だっての!」
「嘘おっしゃい!!!」
地下備蓄庫に、佐伯の絶叫が虚しく響き渡った。
はあはあと荒い息をつく彼女を尻目に、俺は眩しいほどの光の中で棚を指差す。
「ほら、奥の缶詰ラックが見えたぞ。さっさと回収して上に持って行こうぜ」
「……絶対、絶対に後で吐かせるからね……!」
恨みがましい目で俺を睨みつけながらも、佐伯は諦めたように缶詰の段ボール箱へと歩き出した。
やれやれ。
別に隠すつもりもないんだが、事実をそのまま言ったところで「MP消費0でクールタイムなしのゴミスキルを秒間数万回連射してます」なんて、誰が信じるっていうんだ。
俺は小さく息を吐きながら、手元の光量を微調整し、静かに彼女の作業を照らし続けたのだった。




