第24話:通学路の障害と微小スキルの連射実験
アスファルトの亀裂から突き出た歪な巨木。その太い根が、かつて片側二車線だった道路を無残に押し潰している。
看板が斜めに傾いたコンビニの駐車場を横切りながら、俺――天羽悠人は、肩に掛けた通学カバンの位置を軽く直した。
「うーん……やっぱり、ここから先の道は完全に塞がってるか」
目の前に広がるのは、いつもの通学路である『市立西高通り』だ。
しかし、一週間前に世界がわけのわからない変貌を遂げて以来、この通りは日常の面影をほとんど失っていた。崩れたコンクリートの破片、乗り捨てられて乗り上げた軽自動車、そしてどこから湧いて出たのかもわからない巨大な植物や野生動物――いや、魔物たちが徘徊する危険地帯と化している。
「まあ、遠回りするよりはこの瓦礫を突っ切った方が早そうだな」
俺はため息を一つ吐くと、足元に転がっている小さなコンクリート片を踏み越えた。
世間では「文明の危機だ」とか「生き残りかけたサバイバルだ」とか大騒ぎしているらしいが、俺にとっては「毎朝の登校がやたら面倒になった」という点くらいしか大きな違いはない。
両親はたまたま県外への長期出張中で不在だし、家には俺一人。誰かに頼るつもりもなければ、誰かと群れてサバイバル生活を送るつもりもない。
ただ、なるべく平穏に、マイペースに高校生活(あるいはそれに近い日常)を送りたいだけなのだ。
「グルルルル……ッ」
低い唸り声が、崩れた防音壁の陰から響いた。
現れたのは、普通の犬の倍ほどもある体躯を持った灰色の毛並みの狼だ。眼光は濁った赤色に光り、口元からは粘着質のだ液が垂れている。
視界の端に、うっすらと半透明な文字(ステータス画面)が浮かび上がった。
【魔物種:ストレイ・ウルフ】
【個体LV:4】
「出たな、野良犬……じゃなくてストレイ・ウルフか」
この世界が変わってからというもの、こういう怪物が街のいたるところにウロウロしている。
普通ならここで武器を構えるか、悲鳴を上げて逃げ出すのが模範解答なのだろう。実際、クラスメイトの佐伯さんあたりなら、あの鋭い剣技スキルを繰り出して颯爽と斬り伏せるのかもしれない。
だが、俺に授けられたのは――不条理なほど大器晩成(というか成長速度が壊れている)な【スキル:神】だった。
「さてと。今日も地道に熟練度稼ぎといきますか」
俺は立ち止まり、右手をポケットに入れたまま、まっすぐ向かってくるストレイ・ウルフを見つめた。
【スキル:神】によって俺が獲得しているスキルは、現在二つ。
一つ目は【温熱(微弱)】(Skill Lv.1)。範囲1cmの地表や物体をほんのわずかに温めるだけの、使い道のないゴミスキル。
二つ目は【微動(極小)】(Skill Lv.1)。1g程度の小石や物体を数ミリだけ浮かせたり動かしたりできるだけの、やはりゴミスキル。
一般の人間であれば、スキルを発動するたびに貴重なMPを消費し、再使用までに数秒から数分という『クールタイム(CT)』の待ち時間が発生する。そのため、こんなショボいスキルに貴重なMPや時間を使う人間は誰ひとりとしていない。
しかし、俺の【スキル:神】には、常識を根底から覆すバグのような仕様が存在していた。
『MP消費:0』
『クールタイム:なし』
「いけ」
俺が心の中で念じた瞬間、目の前のアスファルト上に転がっていた無数の「小砂利」が、一斉に数ミリだけ浮き上がった。
一つひとつの持ち上げる力は、せいぜい1gを動かす程度の微力。
だが――それが秒間に数千回、数万回というノータイムの無限連続発動となれば、話は完全に変わってくる。
バチバチバチバチバチバチッ!!!!
「ガッ……!? グアッ!?」
突進してきたストレイ・ウルフの足元で、数千個の小砂利が超音速の微振動を開始した。
まるで超音波振動カッターの群れの上に足を踏み入れたかのように、ストレイ・ウルフの前脚の爪や足裏が瞬く間に削り取られていく。
さらに俺は、削られた傷口に向かって【温熱(微弱)】(Skill Lv.1)を秒間一万回の密度で叩き込んだ。
一回の発動では「ほんのり温かい」程度の熱でしかない。しかし、一瞬の間に数万回分の微小な熱エネルギーが一点に集中重畳された結果――傷口の水分が一瞬で沸騰し、炸裂音を立てて蒸発した。
チュドォンッ!!
「ガアアッ!?」
ストレイ・ウルフは悲鳴を上げて転倒し、そのままアスファルトの上を激しく転がった。
立ち上がろうとするが、すでに両前脚の肉は微振動弾幕によってボロボロに引き裂かれ、焼夷弾でも食らったかのように焦げ付いている。
「ふむ……やっぱり【微動(極小)】で削って傷口を作り、そこに【温熱(微弱)】の熱量を集中連射するコンボは悪くないな」
俺は至って冷静に分析しながら、倒れたストレイ・ウルフへと歩み寄った。
相手は必死の形相で威嚇してくるが、こちらには一切の隙がない。なにせ、俺のスキル発動には一切の溜めも動作も、MPの消費も発生しないのだから。
俺が視線を向け続けるだけで、秒間万単位の微振動と加熱がノータイムで連射され続ける。
パラパラ……と、周囲のコンクリート片が霧状の粉末に変わっていく。
ストレイ・ウルフの全身を包み込んだのは、もはや「スキル」と呼ぶのも憚られるような、超高密度の粒子弾幕だった。
「ガ……ッ……」
数秒後。
凄まじい威嚇を上げていたはずのストレイ・ウルフは、抵抗する間もなく静かに光の粒子となって消滅した。
残されたのは、路上に転がる小さな『魔石』と、ほんのわずかな経験値の獲得通知だけだ。
【経験値を獲得しました】
【個人LV:3 ➔ 3(変化なし)】
【スキル:神 熟練度獲得:0.000001%】
「相変わらず熟練度の溜まり方が渋すぎるな……まあ、気長にやるしかないか」
俺は落ちていた魔石を拾い上げ、雑にポケットへと放り込んだ。
この魔石も、後で学校に持っていけば何かに換金できるのか、あるいは買い出しの際の物々交換に使えるのか。そのあたりの社会システムもまだ混乱の最中だが、集めておいて損はないだろう。
「よし、道も開けたし、先を急ぐか」
崩れた防音壁の隙間を抜け、俺は再び『市立西高通り』を歩き始めた。
朝の爽やかな空気の中(足元には怪物たちの死骸や破壊された車が転がっているが)、俺は一人で気楽な通学風景を楽しんでいた。
群れるのは嫌いだ。誰かと一緒にいれば、スキルの秘密を探られたり、「助けてくれ」だの「守ってくれ」だのと面倒な人間関係に巻き込まれるに決まっている。
1人で自由に動き、誰にも邪魔されずにマイペースに生きる。これが俺のサバイバルにおける絶対方針だ。
そう思っていた、矢先のことだった。
「きゃああああっ! 誰か、誰か助けてっ!!」
通学路の先、角にあるコンビニの駐車場付近から、甲高い悲鳴が響き渡った。
「……あー」
俺は思わず足を止め、天井を仰いだ。
「……見なかったことにしたいな、すごく」
悲鳴の上がった方角を見やると、そこには大型トラック並みの巨体を持った巨大なトカゲ型の魔物が、数人の高校生らしきグループを追い詰めているのが見えた。
その中には、見覚えのある制服――我が市立西高校の制服を着た生徒たちの姿もある。
「また面倒なことになってるな……」
俺は心底嫌そうな顔を浮かべながらも、通学路を塞がれては学校に行けないため、重い足取りで悲鳴の上がった駐車場へと向かって歩き出したのだった。




