第22話:一瞬の静寂と、理不尽な害虫駆除
「……は?」
血と悲鳴が飛び交う西武園プラザの中央広場で、通信班長の高城凛は自分の耳を疑った。
頭上からガラス天井を突き破って現れた少年。
一瞬、奇跡の救世主が現れたのかと全生存者が息をのんだというのに、その口から飛び出したのは「輸入お菓子専門店」という、あまりにも場違いで狂気染みた単語だった。
「小……高校生……!? あなた、どこから入ってきたの!? ここはもう魔物の巣窟で――」
凛が叫び終えるより早く、獲物を横取りされたと感じた巨躯の【甲殻鎧獣】が、地響きを立てて悠人へと躍りかかった。
人間の胴体など容易に噛み砕く鋼鉄のハサミと、衝撃を吸収する漆黒の重甲殻。
その巨体が、悠人の頭上から押し潰すように襲いかかる。
「危ないっ!!」
凛が悲鳴を上げた。
だが、悠人は振り返りすらもしなかった。
面倒くさそうに溜め息を吐きながら、ポケットの中で右手の指を軽くだけ鳴らす。
【石ころを1ミリだけ浮かせることができる】
――超高密度指向性・広域空気振動波(害虫駆除モード)。
ドバババババババババッ――!!
空中を飛び交う無数の強化ガラスの破片と、床に落ちていた砂利。
その一つ一つに【石ころを浮かせる】超高周波微振動が瞬時に伝播し、目に見えない絶対殺傷範囲が形成された。
ドガァァァァンッ!!
悠人の頭上に迫っていた甲殻鎧獣の重厚な甲殻が、触れることすら叶わず、空中で分子レベルの振動に耐えかねて粉々に破砕した。
肉塊すら残さず、一瞬で黒い塵となって広場全体に霧散していく。
「……え?」
凛の思考が完全にフリーズした。
弾丸すら弾くあの甲殻鎧獣が、手が触れるどころか、彼が指をひと鳴らししただけで消滅した。
だが、異常事態はそれだけに留まらない。
事態を察知した天井付近の【ガーゴイル・レイダー】数十体が、甲高い咆哮を上げて一斉に悠人へ向けて急降下を開始した。
さらに、広場を埋め尽くしていた数百体の魔物たちが、津波のような怒号とともに殺到する。
生存者たちが「もうダメだ!」と目をつむった。
しかし、悠人は自分のトートバッグの紐をかけ直しながら、ぼやいた。
「まったく……お店の方へ行く道塞がないでよ。ポテチが潰れたらどうすんの」
――パチン。
二度目の指パッチン。
次の瞬間、ショッピングモール全体が、目に見えない超巨大な音波振動の波に飲み込まれた。
ズドドドドドドドッ――!!
吹き抜けの広場を埋め尽くしていた数百体の魔物たち、そして上空を旋回していたガーゴイルの群れが、まるで「目に見えない巨大なハエたたき」で叩き潰されたかのように、一瞬で同時に地面へと叩きつけられ、そのまま粒子となって爆砕した。
血の一滴すら悠人の制服に飛ぶことはない。
一秒前まで生存者八百人を絶望の淵に叩き落としていた「千体の新型魔物の群れ」が、たった二回の指鳴らしで、跡形もなく消滅したのだ。
広場に残されたのは、壊れたエスカレーターと、ぽかんと口を開けた八百人の人間、そして静まり返ったモール内だけだった。
「よし、道が開いたな」
悠人は何事もなかったかのように足を動かし、一階奥の『ワールドスイーツ』の店舗へと歩き出した。
その背中を、凛をはじめとする生存者たちは、神を見るような、あるいは未知の天災を見るような恐れと戦慄の眼差しで見つめ続けることしかできなかった。




